新作が毎月登場! 特集:ハマる!インド映画 新作が毎月登場! 特集:ハマる!インド映画

インド映画観るならスカパー!

もっとハマる!インド映画講座

  • ファッションから読み取れるキャラクターの背景

    きらびやかなダンスや驚倒のアクションで時間が経つのも忘れさせてくれるのがインド映画。しかしそれ以外のストーリー部分には、外国人観客からは見過ごされがちな多くの情報が埋め込まれている。たとえば、登場人物の名前からは、宗教、カースト、出身地、職業などが分かることがある。劇中でまとわれる衣服も同じだ。例として北西インド発祥の「サルワール(=ズボン)・カミーズ(=ロングブラウス)」(俗にいうパンジャビ・スーツ)と、それがモダナイズされた「チューリダール・クルター」を見てみよう。
    どちらも現在はインド全域で着用されるが、「誰が・どこで・どう着るか」でニュアンスは変わる。サルワール・カミーズはドゥパッターと呼ばれる大判ショールも加えた3点アンサンブルが基本だが、サルワールの代わりにジーンズを履き、通常は膝ぐらいまであるカミーズやクルターの代わりにクルティーと呼ばれる短いブラウス、ドゥパッターは省略という着こなしがあれば、都市部の進歩的な若い女性というイメージができあがる。インド人の観客は、そうしたもの全てから情報を読み取っているのである。他方で、『マニカルニカ ジャーンシーの女王』(2019)のような歴史もの衣装の場合は、資料が少ないこともあり、時代考証にはあまり囚われずに自由にファンタジーの世界を展開する傾向があり、デザイナーの腕の見せ所となっている。 文:安宅直子(フリー編集者)
  • 数字で見る!ハリウッド映画vsインド映画

    インドは世界最大の映画大国とされる。その第一の根拠は年間製作本数である。近年、インドの年間製作本数は2,000本に届こうとしており、長らく世界1位を維持している。最近は中国も映画を量産しており、世界2位まで成長したが、それでもその数はインドの半分に過ぎない。中国の次に来るのが日本か米国だが、どちらも1,000本を越えることはない。インドが世界最大の映画大国を自称する第二の根拠は映画入場者数である。人口13億人の国において、年間延べ20億人が映画館に行く。
    これもやはり世界一の数である。2位の中国が16億人ほど、3位の米国が12億人ほどである。ただし、米国の人口は3.2億人とインドの4分の1にもかかわらず、映画入場者数がインドの半分以上あり、1人あたりの映画館入場回数は米国の方が多くなる。また、インドでは映画館の入場券料金が安いため、市場規模に換算すると、インドの順位は一気に下がる一方で、米国の映画産業の方が圧倒的に巨大となり、世界一となる。何はともあれ、インド人も米国人も映画好きな国民性であることは確かだ。しかも、両者とも自国の映画をこよなく愛している。両国とも自国映画占有率が8割を越えていて、世界最高水準である。 文:高倉嘉男(インド映画研究家)
  • インド映画に見るヒロイン像と女優の地位

    カンガナー・ラーナーウト(右から2番目)ほか
    『マニカルニカ ジャーンシーの女王』出演の女優たち
    インド映画は1913年のサイレント作品『Raja Harischandra〔ハリシュチャンドラ王〕』に始まった。この作品中で女性のキャラを演じたのは男性だった。その後1930年代からトーキー(音声ありの映画のこと、無声映画の対義語)化して、舞台女優が映画界に参入してくる。意外に思えるかもしれないが、1930~40年代の初期トーキー時代には、同時代のハリウッドの状況に似て、映画の主役は女性であることが多く、クレジットでも女優がトップに来ることがよくあった。こうした時代から比較的最近まで、映画のタイトルに女性の名前が多いのはその名残であるとも言われる。
    その後1960年代から80年代にかけて、ヒーローを中心としたスターシステムが完成すると、作中の女性も、演じ手である女優も、その地位が相対的に下降していくことになる。いつの時代もトップ女優はいたが、その内実が「トップ男優の映画で多く共演する女優」になり、その役柄もヒーローの物語に華を添える存在に限定されることが多くなったのだ。そうはいうものの、インド映画の分厚い歴史の中には、男優中心の風潮の中でも際立った活躍をした女優、印象に残る女性キャラも多い。現役の女優でヒロイン中心の作品に最も多く関わっているのは、『クイーン 旅立つわたしのハネムーン』(2014)、『マニカルニカ ジャーンシーの女王』(2019)のカンガナー・ラーナーウトだろう。 文:安宅直子(フリー編集者)
  • カンガナー・ラーナーウト(右から2番目)ほか
    『マニカルニカ ジャーンシーの女王』出演の女優たち
  • 踊らない?歌わない?最新インド映画

    インド映画の最大の特徴は、劇中に歌と踊りが入ることだ。歌と踊りはインドの古典芸術では演劇と区別されていない。近代になり、映画という新しいメディアが誕生してからもその伝統が守られ、無声映画時代から当然のように歌と踊りのシーンが映画中に挿入されていた。その後、技術の発達に伴い、映画がトーキー化、カラー化、ワイドスクリーン化、マルチトラック化することで、歌と踊りはさらに豪華絢爛になり、ますますインド映画の欠かせない要素となった。
    ただし、歌と踊りで彩られたメインストリームの娯楽映画とは一線を画した、歌と踊りの入らないシリアスな映画作りの潮流も古くからインドには存在する。サタジット・レイ監督の『大地のうた』(55)は日本の映画愛好家にもよく知られているし、1960年代には国が良質な社会派映画を振興し始め、パラレル・シネマ運動が隆盛した。21世紀に入り、娯楽映画の範疇の中でも、歌と踊りが入らない作品が登場し始め、興行的な成功も収めるようになった。歌がダンスを伴わず、BGMとして使われるのはもはや定番だ。特にヒンディー語映画ではその傾向が顕著で、ダンスシーンが少ない、もしくは全くない娯楽映画は既に珍しくない。 文:高倉嘉男(インド映画研究家)
  • 北インドと南インドで違う!筋肉美の捉え方・描き方

    『マッスル 踊る稲妻』主演のヴィクラム
    「脚本に必然性があるなら脱ぎます(そうでなければ脱ぎません)」、昭和生まれには懐かしいフレーズだ。このような宣言は明文化されることはないが、南インドのヒーロー男優(女優ではない、念のため)の基本的な姿勢であるようだ。一方の北インド・ヒンディー語映画界(ボリウッド)では、俗にシックス・パックと称する割れた腹筋をトレーニングで作って映画中で見せびらかすことは、ヒーロー男優たるものの最低限のたしなみのようになってきており、観客も明らかにそれを求め、楽しんでいる。
    この傾向の先駆者はサルマン・カーンだという見方も共有されている。南インドはというと、一般に性的な表現に対して保守的な風土があり、男女を問わずの体の露出や下ネタなどは見下される傾向がある。アクション映画に出演する男優たちは、日頃から体を鍛えており、「みっともなくて見せられない体」であるわけではない。あくまでも文化の枠組み中で脱がない選択をしているのだ。ただし、2010年代後半からこの傾向も徐々に緩みつつあり、「どんどん脱ぎます」から「脚本に必然性があるなら脱ぐ」、「試しにちょっと脱いでみる」、「絶対に脱がない」までのタイプに分かれるようになってきた。『ACTION アクション!!』のヴィシャールは最初のカテゴリーに入るかもしれない。『マッスル 踊る稲妻』のヴィクラムは二番目だろう。 文:安宅直子(フリー編集者)
  • 『マッスル 踊る稲妻』主演のヴィクラム
  • 観る前に知っておくと楽しい、インド映画娯楽9要素

    インドの娯楽映画は一般に「マサラ映画」と呼ばれる。「マサラ」とは香辛料のことだが、ここでは特に、日本の七味唐辛子のように、あらかじめ数種類の香辛料がミックスされ、料理の風味を引き立たせるために使われる調味料ガラム・マサラのことを指す。笑いあり、涙あり、歌あり、踊りあり、アクションあり、ロマンスあり、とにかく様々な娯楽要素がミックスされた映画、という訳である。
    インドの古典的な芸術理論書には、「ナヴァラサ」と呼ばれる9つの情感のことが書かれている。9つの情感とは、恋情、憤激、勇武、憎悪、滑稽、悲愴、奇異、驚愕、平安の9種類で、これらを映画のキャッチコピーなどによく使われる用語に当てはめるならば、順に、ロマンス、リベンジ、アクション、ヴィラン、コミカル、トラジック、ミステリー、スリル、カタルシスになるだろうか。芸術理論書では、1本の演目にこれらの内の1つか2つを盛り込むことが提唱されているが、現代の典型的なインド娯楽映画では、旺盛なサービス精神から、古典芸能で重視されるこれら9つの要素を1本の作品に全て盛り込もうとしており、それが「マサラ映画」と呼ばれる由縁となっている。 文:高倉嘉男(インド映画研究家)
  • 「インド映画」は存在しない!?
    インド映画の地域性

    インドは多言語国家であり、地域ごとに言語が異なる。インドには全国津々浦々で通用する単一の言語がなく、映画も各地の言語ごとに作られ、それぞれの地域の中心都市に映画製作の拠点が散在する。各拠点にスターがおり、特色ある映画作りが行われている。よって、いわゆる「インド映画」は、実際にはインド各地で作られる各言語の映画の集合体である。「ボリウッド」という言葉があるが、これもムンバイを拠点とするヒンディー語映画のみを指す。
    ヒンディー語は、北インドを中心に全人口の4割が母語とする最大言語で、ヒンディー語映画の市場もインド最大だ。北インドでは他に、コルカタ拠点のベンガル語映画や、ヒンディー語映画と同じムンバイ拠点のマラーティー語映画などが有力である。 一方、南インドでは主に4つの言語が話されており、やはりそれぞれ映画産業が盛んだ。チェンナイ拠点のタミル語映画、ハイダラーバード拠点のテルグ語映画などが強勢を誇っている。 これら各映画産業が互いに影響を与え合いながらインド映画は発展して来ている。近年では相互の吹替が盛んで、大予算映画は、ヒンディー語・タミル語・テルグ語の三言語同時公開が一般的だ。 文:高倉嘉男(インド映画研究家)
  • 2世・3世俳優が続々!インド映画界の血統主義

    シャー・ルク・カーン(左)とサルマーン・カーン(右)
    インドでは、カースト制度の影響で、家業を同じくする男女が結婚することが多い。そして、時代の進展と共に新しく生まれた職業もすぐにカースト制度に取り込まれる。映画という、近代に入って成立したメディア・産業も同様である。インドで映画が作られ始めて100年余りが経ったに過ぎないが、既に「映画カースト」と呼ばれる、映画を家業とする人々がスクリーンの表と裏で幅を利かせており、強固な血統主義と人脈主義が存在する。
    もっとも有名かつ由緒正しい映画カーストはカプール家で、現在はインド映画黎明期に活躍した初代プリトヴィーラージ・カプールから数えて4世代目の男優ランビール・カプールがスターとして君臨している。
    現在、一線で活躍するスターたちの出自を調べてみると、実にその半分が映画カースト出身である。裏を返せば、残りの半分は、家族や親戚に映画関係者を持たずに映画界に飛び込み、のし上がったということであり、インド映画にはそれだけ部外者を受け入れる余地があるとも言える。ヒンディー語映画界の「3大カーン」の内、サルマーン・カーンとアーミル・カーンは映画カースト出身だが、シャー・ルク・カーンだけは自力で大スターになった。 文:高倉嘉男(インド映画研究家)
  • シャー・ルク・カーン(左)とサルマーン・カーン(右)

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