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何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『名探偵登場』2018/10/05 UP 放送日時

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追悼ブロードウェイの喜劇王ニール・サイモン

 今年8月26日、劇作家で脚本家のニール・サイモンが91歳でこの世を去った。ニール・サイモンが本拠地としたのはブロードウェイの舞台だが、脚本家として数々の映画に関わっている。今回は、彼が脚本を担当した中でも群を抜いて変な怪作『名探偵登場』を紹介しよう。

 大富豪ライオネル・トウェイン(トルーマン・カポーティ)からの招待状を受け、とある土曜日の午後、有名な名探偵たちがトウェイン邸にやってくる。ニューヨークからディック・チャールストン(デヴィッド・ニーヴン)と妻ドーラ(マギー・スミス)、カタリナ島からシドニー・ワン(ピーター・セラーズ)と日本人の養子ウィリー(リチャード・ナリタ)、ブリュッセルからミロ・ペリエ(ジェームズ・ココ)と運転手兼秘書マルセル(ジェームズ・クロムウェル)、サンフランシスコからサム・ダイヤモンド(ピーター・フォーク)と秘書兼愛人テス(アイリーン・ブレナン)、英国からジェシカ・マーブルズ(エルザ・ランチェスター)と付き添い看護婦ウィザース(エステル・ウィンウッド)の5組10人、トウェイン邸で彼らの世話をするのは盲目の執事ジェームズサー・ベンソンマム(アレック・ギネス)と聴覚障害者で英語がわからないメイド兼料理番イェッタ(ナンシー・ウォーカー)だ。晩餐の席で、これから起きるはずの殺人事件は自分たちを狙ったものではないかと疑心暗鬼に陥る探偵たち。そこにトウェインが現れ、真夜中の12時にこのうちの誰かが殺されると予言し、その犯人を突き止めるよう要請する。これこそ自分こそが世界一の犯罪学者だと自負するトウェインの挑戦だった。そこに執事が死んだというメモを持ってメイドがやってくる。真夜中の殺人は、これから起こるはずなのに…。

 『名探偵登場』の原題はMurder by Death(死による殺人)という。死なない殺人などありえないから、題名から人を食っているが、その通り、悪のりすれすれのパロディである。名探偵にはモデルがいて、チャールストン夫妻は『影なき男』のニックとノラ・チャールズ夫妻、シドニー・ワンはチャーリー・チャン警部、ミロ・ペリエはエルキュール・ポワロ、サム・ダイヤモンドはサム・スペード、ジェシカ・マーブルズはミス・マープルである。

 脚本はニール・サイモンの書き下ろしで、アガサ・クリスティの名作<そして誰もいなくなった>を基に、サイモンならではの洒落の効いた会話と謎解きの面白さが見どころ。といっても、名探偵たちはどんどん謎を解いてはいくものの、謎が謎を呼び、かえって話がこんがらがっていく。そして最後には、お決まりのアッと驚く結末が待っている、という具合。とにかく徹底的にバカバカしい。目の見えない執事と耳と口がきけないメイドなど、サイモン以外のいったい誰が考えつくだろう?

 もう一つの見どころは、名優中の名優が揃って出演していること。何しろ40年前の作品なので、<ダウントン・アビー>のグランサム伯爵未亡人のマギー・スミスも、まだ若くて美しいし、「刑事コロンボ」が始まった頃のピーター・フォーク(なので、サム・スペードというよりコロンボ警部に見える)や、「ピンク・パンサー」シリーズでフランス人のクルーゾー警部を演じた変幻自在のピーター・セラーズ、「スター・ウォーズ」シリーズのオビ=ワンを演じる前のアレック・ギネス、最新作『ジュラシック・ワールド/炎の王国』では枯れた老人だったジェームズ・クロムウェルの若き姿、ジェームズ・ホエールの『フランケンシュタインの花嫁』が忘れられないエルザ・ランチェスターなど。極めつけは『冷血』や『ティファニーで朝食を』で知られる小説家トルーマン・カポーティ本人で、カメオ出演の『アニー・ホール』を除けば、唯一の映画出演作となる。ベネット・ミラーの『カポーティ』で彼を演じたフィリップ・シーモア・ホフマンと比べてみるのも面白いだろう。

 喜劇というのは最も国境を越えにくいジャンルである。文化を背景にする言葉の笑いは異なる言語に置き換えられないからだ。ニール・サイモンの戯曲も、英語でしか表現できない洒落とウィットに満ち満ちているので、すべての意味を日本語に訳すことは不可能である。それでも、サイモンの戯曲が日本を含む全世界で上演されているのは、言葉の境界を超えた、喜劇の心髄がそこに込められているからだ。

 『名探偵登場』もまた翻訳しにくい作品で、劇場公開時の字幕翻訳者の苦労がしのばれるが、こういう作品はやはり吹替で見るのが一番。声優も名優揃いである。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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