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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『キャロル(2015年)』2017/09/22 UP 放送日時

『太陽がいっぱい』の誕生を予告する愛の名作

 『キャロル(2015年)』は、裕福な人妻と若い写真家志望の娘の恋愛を描き、2015年のカンヌ映画祭で最優秀女優賞(ルーニー・マーラ)を受賞、翌2016年のアカデミー賞には主演女優(ケイト・ブランシェット)、助演女優(ルーニー・マーラ)を始めとする6部門にノミネートされたトッド・ヘインズ監督の傑作メロドラマである。

 原作は、ミステリー作家として有名なパトリシア・ハイスミスが、1952年にクレア・モーガン名で発表した小説<塩の代償>。題名の塩とは、旧約聖書の創世記に登場するソドムとゴモラの逸話で、滅亡するソドムの町から逃げる際に、神の禁を破って振り返ったために塩柱にされたロトの妻のこと。若きハイスミスが、長編第1作<見知らぬ乗客>の発表前に、デパートでアルバイト中に見かけた女性にインスピレーションを得て書いたと言われ、52年に出版されるや、100万部を越えるベストセラーになった。が、ハイスミスが作者であることは90年にまるまで隠されていた。同性愛(特に女性の)が、当時の社会でどれだけ厳しい差別にさらされていたかを物語るエピソードである。

 1952年冬のニューヨーク。クリスマス商戦たけなわのデパートに、ミンクのコートをまとった美しい女性(ケイト・ブランシェット)が娘のプレゼントを買いに来る。玩具売り場で働く写真家志望のテレーズ(ルーニー・マーラ)は、場違いな彼女の美しさに心を奪われる。探していた人形の在庫がなく、テレーズに勧められるままに列車のセットを買って帰っていく。彼女が売り場に忘れていった手袋を送り返したことがきっかけで、テレーズはその女性キャロルと知り合うことになる。キャロルは結婚して一人娘がいるのだが、夫のハージ(カイル・チャンドラー)とは離婚調停中。夫は、キャロルの親友アビー(サラ・ポールソン)と妻との仲を疑って、彼女から娘の親権を奪おうとしていた。周囲にいる男たちに興味を引かれず、特別な関係を持つこともなかったテレーズは、自分とは何もかも違う、洗練された優美なキャロルにどんどん惹かれていくが…。

 今ではかなり解消されたとはいえ、同性愛は社会の禁忌として、大きな障害が立ちふさがっていた。カンヌでこの作品が女優賞しかとれず(最高賞パルム・ドールはジャック・オディアールの『ディーパンの闘い』だった)、アカデミー賞もノミネートだけで受賞はなかった(ケイト・ブランシェットは前年『ブルー・ジャスミン』で主演女優賞を受賞済みなので可能性はなかった)ことを考えると、男性の同性愛を描いた『フィラデルフィア』に比べ、女性はまだまだだなと感じた。とはいえ、『キャロル(2015年)』は素晴らしい恋愛メロドラマであり、その素晴らしさには禁忌としての同性愛の要素が欠かせない。恋愛は障害が大きいほど燃え上がるという。女性の同性愛ほど大きな障害はないだろうから。

 パトシリア・ハイスミスといえば、ヒッチコックの『見知らぬ乗客』、ルネ・クレマンの『太陽がいっぱい』といった名作の原作者として知られているが、『キャロル(2015年)』を見ると、ハイスミスのすべての要素が込められていることが分かる。『見知らぬ乗客』のファーリー・グレンジャーとロバート・ウォーカー、『太陽がいっぱい』のモーリス・ロネとアラン・ドロンは、『キャロル(2015年)』のケイト・ブランシェットとルーニー・マーラなのである。ヒッチコックもルネ・クレマンもそれをよく理解していた。99年にリメイクされた『リプリー』が『太陽がいっぱい』よりも劣るのは(アンソニー・ミンゲラがわざとそう演出したのかどうかは別にして)、マット・デイモンとジュード・ロウが同性愛者に見えないところにある。

 トッド・ヘインズには、『ベルベット・ゴールドマイン』や『アイム・ノット・ゼア』といった音楽をテーマにした路線の他に、女性を主人公にしたメロドラマの路線がある。特にメロドラマには『エデンより彼方に』、『ミルドレッド・ピアース 幸せの代償』など秀作が多く、私は彼を現代のダグラス・サークではないかと思っている。また、撮影のエド・ラックマンはヴィム・ヴェンダース、スティーヴン・ソダーバーグ、ウルリヒ・ザイドルといった俊英映画作家とのコンビで知られる。今回はわざとスーパー16ミリ(普通の16ミリを横長にフォーマットしたもの)を使って撮影しているが、これはフィルムの持つ暖かさと粒子の粗さを利用して50年代を表現するためだ。監督の演出プランに沿って細部まで神経が行き届いた撮影は素晴らしいの一言で、冒頭の長回しなど、何度見てもうっとりする。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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