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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『ノッティングヒルの恋人』2010/11/26 UP 放送日時

よく出来たロマンチック・コメディは何度見ても楽しい。

この世の中にはヒュー・グラントにしか演じられないヒュー・グラント役というものがあると私は思う。ちょっと気弱で優柔不断、だけど正直で愛すべきいい奴、しかもハンサム。この欄でヒュー・グラントものを取り上げるのは『フォー・ウェディング』に続いて2度目になるので、ちょっと気が引けるのだが、彼はもとより、両作の脚本を担当した、『ミスター・ビーン』シリーズのクリエーターでもあるリチャード・カーティスの生み出す世界と、その登場人物達が大好きなのだから仕方がない。
 
 『ノッティングヒルの恋人』は、誰でもすぐわかるように、かのオードリー・ヘプバーンの名作『ローマの休日』を下敷きにしている。ローマならぬロンドンの下町ノッティングヒルに、王女様ならぬハリウッドの大スター、アナ・スコット(ジュリア・ロバーツ)が現れ、ふらりと入った旅行書専門店で、店主のウィリアム・タッカー(ヒュー・グラント)と出会い、恋に落ちる。ちなみに、『フォー・ウェディング』では、なかなか結婚できない独身男だったヒュー・グラントは、本作では妻がハリソン・フォード似の男と駆け落ちしたバツイチ男に出世(?)している。
 
 ロマンチック・コメディで最も大切なのは男女の出会いである。『お熱いのがお好き』などで知られるコメディの名手ビリー・ワイルダーにこんなエピソードがある。ワイルダーはナチスの台頭でオーストリアからアメリカに逃れた人だが、ハリウッドで頭角を現するきっかけが、大監督エルンスト・ルビッチの『青髭七人目の妻』で、男女の出会いに卓抜なアイデアを出したことだった。それは、とあるデパートで、男が店員にパジャマの下だけ買いたいと押し問答をしていると、パジャマの上だけ買いたいという娘が現れ、二人が仲良くパジャマの上下を買い分けることになる、というものだ。パジャマというちょっとエロチックなアイテムを出会いの鍵にしたところが秀逸である。
 『ノッティングヒルの恋人』の出会いは、それに比べるとパンチに欠けるが、それはヒュー・グラント演じるウィリアムという男のパーソナリティに合わせたからだと私は思う。それはこんな風に行われる。ウィリアムの店に入ってきたアナが、トルコの旅行書を物色していると、正直者のウィリアムは、彼女が見ている本よりも優れていると思われる本を薦める(実は彼女が見ている本には著者のサインが入っていて、ウィリアムの知り合いが著者だったという落ちがある)と、店内の防犯カメラに万引き犯が映っているのに気づき、注意に行く。このときの彼の台詞がウィリアムの誠実さとユーモラスな性格が滲み出た、さすがリチャード・カーティスという台詞で、アナが彼に好意を持つきっかけとなる。
 
さて、男女が恋に落ちるには1度出会っただけではダメ、必ず2度目が必要だ。『ノッティングヒルの恋人』の場合、それは数分後に訪れる。書店の経営が赤字で、お金がないために1杯のカプチーノを店員のマーティンと半分ずつ飲むことにしたウィリアム。当然のことながら物足りないのでオレンジジュースを買いに行き、通りの角でアナにぶつかってジュースを彼女の胸にぶちまけてしまうことになる。この“小さな親切が大きな災難を招く”シチュエーションは、ミスター・ビーンでも多用されるリチャード・カーティス流コメディの定石でもあるのだが、おかげでウィリアムがアナを自宅に招くきっかけを作り、より親密な時間を持つチャンスが出来る。ここで、月並みなラブストーリーなら当然愛情表現の台詞が登場するわけだが、リチャード・カーティスがウィリアムにしゃべらせたのが“蜂蜜とアンズ”の小咄で(詳細は放映を参照)、彼の正直さ(または話のバカさ加減)に、またもアナはぐっと来てしまうのだ。
 
 『ノッティングヒルの恋人』のコメディリリーフを受け持っているのは、ウィリアムの変わり者の同居人スパイクである。彼は常にお邪魔虫として物語をひっかき回すが、最後には優柔不断なウィリアムに決定的な助言を与える重要なパートを受け持っている。スパイク役を演じたリース・エヴァンスは、ミッシェル・ゴンドリーの『ヒューマン・ネイチャー』では、パフと名付けられて研究対象にされる“猿人間”というこれ以上はない変わった役を演じて強烈な印象を残した。そんなキャラの立った脇役を得意にしている彼が、『ハリー・ポッター』シリーズではゼノフィリアス・ラブグッドという比較的まとも(?)な魔法使いを演じているのが微笑ましい。
 
 さて、カーティス流“ロマンチック”な出会いの後で、ハリウッドの大女優と正直者の本屋の店主の恋は、大西洋をまたいで紆余曲折していくのだが、ラストで再び本家『ローマの休日』に戻り、本家では悲恋に終わるお別れ会見を、見事なハッピーエンドで締めくくっている。よく出来たロマンチック・コメディは、何度見ても楽しい。なぜかいつも同じところで感動してしまうのは、映画が名作である証拠かもしれない。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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