映画の処方箋

Vol.182

『チョコレートドーナツ』

社会の片隅で生きる魂のふれあいを描いた感動のドラマ

 『チョコレートドーナツ』は、2014年に日本で公開されるや、口コミで大ヒットし、今も根強い人気のある感動のヒューマンドラマだ。

 舞台はまだLGBT(レズビアン、ゲイ、バイ・セクシュアル、トランスジェンダーの略)に理解がなかった1979年のカリフォルニア。ゲイのルディ(アラン・カミング)は、歌手になるのを夢見て、ショーパブの舞台で女装のダンサーとして働いている。ある晩、客席にふらりと現れたポール(ギャレット・ディラハント)と一目で恋に落ちる。ポールはルディと付き合うことで自分がゲイであることを自覚するが、勤務先の検事局にはそのことを隠していた。ある日、ルディのアパートの隣室に住む薬物中毒の母親が逮捕され、ダウン症の少年マルコ(アイザック・レイヴァ)が取り残され、結局は施設に入れられてしまう。何度も施設を脱走するマルコに心を痛めたルディは、ポールを従兄と偽り、監護者として法的手続きをとってマルコを引き取ることにする。まるで本物の家族のような三人の楽しい暮らしが1年ほど続いた頃、ルディとポールが同性愛者であることがバレ、マルコは施設に連れ戻されてしまう。「今こそ法律で世界を変えるチャンス」というルディに励まされ、ポールはマルコの養育権を求めて裁判に訴えるのだが…。

 題名のチョコレートドーナツとはマルコの大好物から名づけられた邦題。原題はAny Day Nowといい、劇中でルディが歌うボブ・ディランの名曲<I shall be released>(私は解放されるだろう)の歌詞の一部で、“今すぐにでも”という意味。同性愛者に対する偏見がまだ強かった時代に、差別を受けながら生きてきたルディを始めとするセクシャル・マイノリティの思いのこもったいい題名だが、これを思い切って“チョコレートドーナツ”とスイートな題名に変えてしまったところが宣伝の巧みさ。この映画が特に日本で大ヒットした理由はこの辺にありそうだ。

 監督のトラヴィス・ファインは1968年生まれの俳優兼監督。出演作には『17歳のカルテ』やテレビシリーズ『CSI:科学捜査班』など、監督作も7作あるが、日本公開されるのはこれが初めて。彼自身はゲイではなく、2度の結婚歴と3人の子供がいる。

 映画の基になったのは、脚本のジョージ・アーサー・ブルームが70年代のニューヨークで知り合ったゲイの男性と障害児との関係にインスパイアされて書いた脚本。何度か映画化の話が持ち上がりながらもその度に頓挫し、20年間眠っていた脚本を読んで感激したファインが製作・監督に乗り出すことになった。この映画で音楽監修を務めているPJブルームがジョージ・アーサーの息子で、父の脚本をファインに見せたのが彼であり、いわばこの映画の生みの親でもある。

 主人公のルディを演じたアラン・カミングは1965年スコットランド生まれ。舞台・映画・TVで活躍する実力派で、TVシリーズ「グッド・ワイフ」のイーライ・ゴールド役で知られる。舞台ではボブ・フォッシーの名作ミュージカルをサム・メンデスがリバイバルした「キャバレー」でMC役を演じ、トニー賞最優秀男優賞ほか賞を総なめにした。実生活では女性との結婚歴のあるバイ・セクシュアルで、2007年に同性婚を挙げている。

 映画の見どころは、オーディションで選ばれたアイザック・レイヴァの自然な演技をアラン・カミングら芸達者な俳優たちが包み込むように演じているところだ。ハッピーエンドでないにもかかわらず、見終わったときに心が温かくなるのは、隅々にまで作り手の誠実さが感じられるからだろう。

ライター 斎藤敦子のプロフィール

前へ次へ

HOMEへ戻る