映画の処方箋

Vol.120

『トレインスポッティング』

時代を掴んだエポックメイキングな青春映画の傑作

ダニー・ボイルの『トレインスポッティング』は、様々な意味でエポックメイキングな映画だった。ヘロイン中毒の若者の生態というテーマも衝撃だったが、世界中でヒットしてイギリス映画の復活を印象づけ、監督のボイルを始め、出演した俳優がそれぞれ出世し、今のイギリス映画を代表する存在になった。1996年の作品だが、今見ても新しいし、キャスティングも演出も何もかもうまく行っていて、今までのところボイルの最高傑作ではないかと私は思う。

舞台は90年代(つまり、まだエイズが克服されていない時代だ)のエジンバラ。主人公のマーク・レントン(ユアン・マグレガー)は、安定と退屈の象徴である“大人”になることを拒否し、ドラッグの刹那的な快楽に生きるモラトリアム人間だ。彼は、気のいいスパッド(ユウェン・ブレムナー)、映画おたくのシック・ボーイ(ジョニー・リー・ミラー)、ドラッグには手を出さないトミー(ケヴィン・マクキッド)、アル中で喧嘩っぱやいベグビー(ロバート・カーライル)らと気ままに暮らしている。しかし、彼らもこんな生活がいつまでも続かないことは分かっていて、ドラッグから足を洗おうとするが、就職も女性関係もうまくいかず、元の木阿弥に。ところが、ラリっている間に、女友達の赤ちゃんが餓死する事件が起き、彼らの人生が暗転する…。

展開がスピーディで、断片的なスケッチを綴った“青春映画”のようにも見えるが、実はとても丁寧な演出が施されている。特に登場人物たちのハイな気分は赤を強調したポップな色調に、地獄そのものの禁断症状の世界(彼らが怖れる現実社会)は、茶色と灰色のどんよりした色調(リアルなスコットランドの空色?)で描かれているところは注目で(特に散らかった汚い部屋の美術がすばらしい)、レントンとスパッドが万引きをして捕まるオープニングの場面までを前半とすると、後半は次第に灰色の部分が増えていき、観客を知らない間に憂鬱な気分に陥れる。ドラッグ礼賛映画のようだが、実はドラッグの恐ろしさを描いている映画とも言えるだろう。

原作はアーヴィン・ウェルシュの同名小説。“トレインスポッティング”とは一般的には鉄道おたくのことを指すが、エジンバラでは、ドラッグ中毒者が使われなくなった鉄道操車場を溜まり場にしていたことから、“ドラッグ中毒”を指す隠語として使われていたという。本作の成功で、ウェルシュも注目され、短編集を3話のオムニバスにした『アシッド・ハウス』、悪徳警官を主人公にしたクライム・コメディ『フィルス』がジェームズ・マカヴォイ主演で映画化されている。

監督のダニー・ボイルは1956年生まれ。テレビ界から映画に転身し、1作目の94年のクライム・サスペンス『シャロウ・グレーヴ』で世界的な注目を集めた。期待を背負った『トレインスポッティング』で、さらに大成功を収め、同時期に活躍を始めたマイケル・ウィンターボトムや、『フォー・ウェディング』、『ノッティングヒルの恋人』を大ヒットさせたプロデューサーのリチャード・カーティスと並び、イギリスのポスト戦後世代を代表する監督の一人となった。2008年には『スラムドッグ$ミリオネア』でアメリカのアカデミー賞監督賞を受賞し、イギリスの枠を超えた活躍を続けているのはご存知の通りだ。

主演のユアン・マグレガー、ロバート・カーライルのその後の大活躍は言うまでもないが、ユウェン・ブレムナーは性格俳優として『マッチ・ポイント』などに出演、ジョニー・リー・ミラーは『弁護士イーライのふしぎな日常』や『エレメンタリー』で、ケヴィン・マクキッドも『ジャーニーマン』や『グレイズ・アナトミー』といったアメリカのTVシリーズで活躍中。レントンを逆ナンパする女子高生役でデビューしたケリー・マクドナルドも美しく成長して『ノーカントリー』、『アンナ・カレーニナ』などに出演、修道院長役のピーター・ミュランにいたっては、最近では『戦火の馬』の老農夫役やTVのミニシリーズ『トップ・オブ・ザ・レイク』が印象的だったが、日本映画『この世の外で』にまで出演するフットワークの軽さだ。スタッフ・キャストに、これだけの才能が集まったのは、まさに“映画が時代を掴んだ”としかいいようがなく、まさにエポックメイキングな名作といえるだろう。

最後に一言。非常に不快な描写があるので、食事をしながら見るのはお薦めできない。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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