映画の処方箋

Vol.107

『ミリオンダラー・ベイビー』

ボクシングと人生の光と影。

今はアメリカを代表する名優、名監督として世界中が認めるクリント・イーストウッドだが、必ずしも順風満帆な人生を歩んできたわけではなかった。特に映画界に入りたての頃の若きイーストウッドは、むしろ逆境といっていいほど恵まれなかった。テレビの『ローハイド』で少しは名前が出たものの、ハリウッドからは一向にお呼びがかからず、イタリアに招かれて出演したセルジオ・レオーネの『荒野の用心棒』(黒澤明の名作『用心棒』のリメイク)を始めとする、いわゆる“名無しの男”3部作が、折からのマカロニ・ウェスタン・ブームに乗って大ヒットし、ようやく注目を集めるようになったのだった。そして、この成功を基にアメリカに戻ってマルパソ・プロダクションを設立、大手の映画会社に頼らない、独自の映画作りを始めることになる。

自分のプロダクションに、わざわざマルパソ(悪路)と名付け、自ら運命を切り開いてきたと自負するイーストウッドが意気に感じる男であることは疑いない(マルパソとは、イーストウッドの自宅近くにある地名であり、当時のエージェントが“マカロニ・ウェスタン出演は悪路を行くようなもの”と言って反対したという逸話から取られた)。『許されざる者』、『硫黄島からの手紙』『グラン・トリノ』など、イーストウッドの映画を見れば、自らに恥じない生き方をする者を友とし、自らを知る者のためなら死をもいとわない、そんな彼の信条が見て取れる。

『ミリオンダラー・ベイビー』の主人公は、ボクシングの老トレーナー、フランキー(クリント・イーストウッド)。優秀なトレーナーだが、頑固一徹で、有望な選手に逃げられてしまう。たった一人の娘は彼を嫌って家を出てしまい、今は絶交状態。話し相手は、元ボクサーで、今はジムの清掃係をしている“スクラップ”ことエディ(モーガン・フリーマン)だけ。そんな彼の前に、31歳のウェイトレス、マギー(ヒラリー・スワンク)が現れる。“女には教えない”と断るフランキーだが、誰よりも熱心なマギーに根負けし、絶対に口答えしないことを条件にコーチを引き受けることになる。根性に加え、持ち前の才能を発揮し、試合を重ねるごとに、めきめき腕をあげるマギー。ヨーロッパ遠征も成功し、ついには世界チャンピオンに挑戦することになるのだが…。

『ミリオンダラー・ベイビー』はサクセス・ストーリーではない。むしろボクシングの影の部分を描いた映画だ。原作はF・X・トゥールの<テン・カウント>。50歳でボクサーを志し、70歳で作家デビューを飾るも、その2年後に亡くなるという波乱の人生を歩んだトゥールの唯一のボクシング短編集で、それを『クラッシュ』のポール・ハギスが脚色した。イーストウッドは照明の当たったリングの明るさよりも、日々のトレーニングの場であるジムの暗さを意識的に強調して描いている。束の間の栄光が一瞬にして暗転し、ラストの究極の選択へとなだれ込んでいく後半の展開が素晴らしい(前半の伏線がすべて生きてくる)。

娘に背かれた父(フランキー)と、父を失った娘(マギー)とが、本物の父娘以上の愛情で結ばれる物語であり、立場を超えた究極のラブストーリーでもある。結末に関しては賛否両論あるだろうが、もしフランキーとマギーの立場が逆であっても、同じ結末になっただろう。まさに、自らを知る者のためなら死をもいとわない、クリント・イーストウッド度百パーセントの映画である。

もっと見る

ライター 斎藤敦子のプロフィール

前へ次へ

HOMEへ戻る