映画の処方箋

Vol.078

『衛星生中継!第84回アカデミー賞レッドカーペット』

沈黙は金?

やっぱり強かった『アーティスト』。作品・監督・主演男優の主要3賞を抑え、おまけに衣装デザイン賞まで獲ってしまった。個人的にはマーティン・スコセッシに作品か監督のどちらかを獲って欲しかったのだけど、前哨戦から波に乗って、時の運を味方につけた『アーティスト』チームにさらわれてしまった。最も残念だったのは主演男優賞最有力と言われていたジョージ・クルーニーで、彼自身も今回は固いと思っていたはず。それだけ『アーティスト』が今年のトレンドだったということだ。

『アーティスト』は、1930年代初頭を舞台に、サイレント映画の大スター、ジョージ(ジャン・デュジャルダン)と女優の卵ペピー(ベレニス・ベジョ)の恋を描いたロマンチック・コメディ。映画がサイレントからトーキーに変わり、それまでもてはやされていた大スターが凋落し、新しい才能に脚光が当たるというテーマは、ジーン・ケリー&スタンリー・ドーネンがミュージカル映画『雨に唄えば』として見事に描いていたし、それほど目新しいものではないが、それをモノクロームのサイレントとして映画化したところがミソ。受賞スピーチでデュジャルダンが話していたように、ジョージ役は“快男子”と呼ばれたダグラス・フェアバンクスをモデルにしており、歯を見せてニカっと笑うところなど、そっくりに真似ている。ただ、ニュースなどで“台詞がないから演技が難しい”というようなコメントをよく聞いたが、これは間違い。実は、演技は台詞がある方が難しいのだ。なぜなら、台詞回しの善し悪しで俳優の演技の上手い下手がわかってしまうが、サイレントの場合は、それを観客のイマジネーションが補ってくれるから有利なのだ。映画にも“沈黙は金”という格言が当てはまる。

マーティン・スコセッシの『ヒューゴの不思議な発明』は、撮影・視覚効果・録音・音響編集・美術の5賞を獲得し、最多受賞作となって面目を施した。パリの駅に隠れ住み、秘かに大時計の管理をしているヒューゴ少年(エイサ・バターフィールド)が、亡くなった父親(ジュード・ロウ)の形見の機械人形を動かすことができる鍵を持った少女に出会い、人形に託された秘密を知る、という冒険映画。奇しくも『アーティスト』と同じ1930年代を舞台にしたサイレント映画をめぐる物語であり、表の主人公はヒューゴ少年だが、裏の主人公として、サイレント映画の鬼才ジョルジュ・メリエス(ベン・キングスレー)が登場する。特にメリエスの傑作『月世界旅行』がカラー・3Dで蘇るという、長年、映画の修復・保存に心血を注いできたスコセッシならではの演出に、私は胸が熱くなった。だからこそ、彼のファンとして監督賞をと願ったのだが、今回、チャンスの女神は彼に微笑まなかった。

もっと不運だったのは『戦火の馬』のスピルバーグで、6部門にノミネートされながら、無冠に終わった。『戦火の馬』は50年代っぽいクラシックな味わいがあり、スピルバーグの新境地を感じさせる重厚な佳作だと思っているので、1つも賞を獲れなかったのは、いかにも残念だし、ちょっと不公平な結果だと思う。

助演男優賞を争ったのは、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』のマックス・フォン・シドーと『人生はビギナーズ』のクリストファー・プラマーの最高齢対決だった(二人とも1929年生まれの82歳だが、プラマーの方が8か月若い)が、軍配はプラマーに上がった。もっとも、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』のフォン・シドーの演技はすばらしかったが、いかんせん役自体が小さかったから、これは仕方がないだろう。プラマーは長いキャリアながら(いまだに『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐と言われることには忸怩たる思いだろう)、初ノミネートは2年前の『終着駅』で、今回が初受賞である。

私の予想が的中したのは助演女優賞のオクタヴィア・スペンサー。『ヘルプ 心がつなぐストーリー』では、意地悪な女主人に復讐する彼女のパートが最も面白く、彼女自身も実にチャーミングに演じていた。

主演女優賞は、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』でサッチャー元首相になりきったメリル・ストリープに。映画を見れば、彼女なくしては成り立たない作品であることは明白なので、受賞は当然だが、私としては、デヴィッド・フィンチャーの抜擢に見事に応えた『ドラゴン・タトゥーの女』のルーニー・マーラにあげたかった(授賞式のジヴァンシーのドレス姿も可愛かったな)。

とはいえ、彼女にも、ジョージ・クルーニーにも、『裏切りのサーカス』でジョージ・スマイリーになりきったゲイリー・オールドマンにも、まだまだチャンスはある。次回は、チャンスの女神の前髪をしっかり掴んで絶対に放さないように。
ではまた来年、授賞式で!

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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