映画の処方箋

Vol.035

『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』

歴史は万事、塞翁が馬

今年のカンヌ映画祭で、コンペ唯一のアメリカ映画だったのがダグ・リーマンの『フェア・ゲーム』だった。外交官ジョセフ・ウィルソン(ショーン・ペン)の妻ヴァレリー・プレイム(ナオミ・ワッツ)がCIAのエージェントであるという極秘情報をアメリカ政府が故意にリークした、いわゆる“プレイム事件”を映画化したもので、イラク戦争開戦の口実となった大量破壊兵器は存在せず、アメリカ政府のでっちあげだったことを暴露したウィルソンは、マスコミや世間からのバッシングにもめげず、真実を知らせることが民主主義の第一歩という信念を貫き通す。

 マイク・ニコルズの『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』の主人公チャーリー(トム・ハンクス)は、同じウィルソンながら、正義漢のジョセフとは正反対の自堕落な性格の持ち主。酒と美女をこよなく愛するテキサス州選出の民主党の下院議員である。映画は、そんなお気楽議員のチャーリーが、実はソ連のアフガニスタン侵攻を止め、ひいてはソ連および東側国の解体と冷戦の終結に貢献した功労者だった、という驚くべき事実を映画化したものだ。

 映画はこんな風に始まる。ところはラスベガス。ホテルの怪しげなパーティで、素っ裸でジャクージに浸かって酒と女と薬の接待を受けながら、テレビ番組への投資話を持ちかけられているチャーリー。とても真面目な政治家には見えない彼だが、テレビでニュースキャスターのダン・ラザーを見たとき、独特の感が働き始める。ターバンを巻いてアフガン情勢を報告するダン・ラザーに何事かを感じとったチャーリーは、翌日、ワシントンに戻って、国防機密費のアフガン対策予算を2倍にする。実は、チャーリーは国防歳出委員会の委員の一人で、議会の採決なしに支出を決められる国防機密費の予算を左右できる立場にあったのだ。こうしてチャーリーは、テキサスの大富豪で右翼の美女ジョアン(ジュリア・ロバーツ)とCIAのアフガン担当情報分析官ガスト(フィリップ・シーモア・ホフマン)の協力を得て、アメリカのアフガン介入を先導していく…。

 監督は『卒業』や『ワーキング・ガール』で知られる名匠マイク・ニコルズ。ニューヨークの演劇畑出身の名演出家だが、ロシア人の両親の亡命先ベルリンで生まれ、第二次大戦勃発でアメリカへ移住した過去を持つ。そのせいか、ニコルズの映画にはアメリカ文化に対する独特の批評精神があり、同時に、どこかヨーロッパ風の洗練があるように思う。『卒業』の恋人の母親と関係を持ってしまう青年など、フランスのロマン主義小説の主人公のようだし、『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』の美女と酒に目のない下院議員チャーリーの描き方にも、アメリカの清教徒的な倫理観を超えた、成熟した大人の視線を感じる。

 映画が描いているのはソ連がアフガンに侵攻した1979年から89年の時代だが、その後の歴史を頭に置いて映画を見ると、ニコルズが映画に込めた皮肉な視線が一層際立って見えてくる。それは、ガストが口癖にしている次のような諺に要約されている――「誕生日に馬をもらい、喜ぶ少年に、禅の師が“いずれわかる”と言った。2年後、落馬して足を折って悲しむ少年に、師は“いずれわかる”と言った。戦争が起こり、少年は兵役を免除されて喜ぶが、師は“いずれわかる”と言った…」。元は“塞翁が馬”という中国の故事に由来する諺で、吉兆は予測できないことの喩えである。2007年に製作された映画『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』は、とりあえずソ連軍の撤退とチャーリーの勝利で終わるが、その結末は、その後のニューヨーク同時多発テロ事件とアメリカのアフガン侵攻、そして、撤退したくてもできない、膠着状態に陥った現状を知った上で描かれているのだ。さすがニコルズ、単純なハッピーエンドの映画は作らない。

 果たしてチャーリーが行ったことは良かったのか悪かったのか。映画のモデルとなった実在のチャーリー・ウィルソンは今年2月に亡くなり、アフガン版“塞翁が馬”の結末を知ることは永遠になくなったが、我々にもやがて“いずれわかる”日が来るのかどうか。それは歴史が続く限り、永遠の謎なのだ。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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