映画の処方箋

Vol.033

『マンデラの名もなき看守』

南アフリカという国をもう少し深く知るために

いよいよ6月11日から開催されるワールドカップ南アフリカ大会。南アフリカ、ワールドカップといえば、2010年2月に公開されたクリント・イーストウッドの『インビクタス/負けざる者たち』が思い浮かぶが、あれはラグビー。今度は本命(?)のサッカーである。『インビクタス/負けざる者たち』の主人公だったネルソン・マンデラ元大統領は、最新ニュースによれば、高齢のために開会式への出席が危ぶまれているという。来月91歳になると聞くと、もうそんな歳になるのかとびっくりするが、南アフリカの近代史は、彼という人物を抜きにしては語れない。この機会に、マンデラを主人公にした映画を見て、南アフリカという国をもう少し深く知っておこう。

 アフリカ民族会議(ANC)の副議長で、反アパルトヘイト活動家だったネルソン・マンデラは、国家反逆罪で1962年に逮捕され、終身刑を宣告されて、1964年からロベン島の刑務所に収監された。映画『マンデラの名もなき看守』は、1968年に主人公のジェームズ・グレゴリー(レイフ・ファインズ)が妻のグロリア(ダイアン・クルーガー)や子供たちを連れてロベン島へ赴任してくるところから始まり、マンデラ(デニス・ヘイスバート)が1990年に釈放されるまでの紆余曲折のあった二人の関係を描いたものだ。ロベン島はケープタウンの沖合にあり、海流が速く、脱出困難なところから、17世紀の終わり頃から刑務所となり、その後ハンセン病患者を隔離する施設が置かれていたが、1959年から黒人の政治犯を収容する刑務所となった。映画の中でも、刑務所内の劣悪な環境と非人道的な扱いが詳しく描かれているが、現在は島全体が世界遺産に指定され、元囚人のガイドで施設を見学できるという。

 原題は“グッバイ・バファナ”といい、“バファナ”とは、グレゴリーの幼なじみで、棒術の師匠でもあった黒人少年の名前である。少年グレゴリーがバファナに抱いた友情が、看守グレゴリーとマンデラとの関係に投影されてもいる印象深い題名である。また、ズールー語では“少年”という意味で、サッカーの南アフリカ代表チームの愛称が“バファナ・バファナ”(少年たち)ということも覚えておこう。

 監督は『ペレ』(サッカー選手の名ではない)と『愛の風景』で2度カンヌのパルム・ドールを受賞したデンマーク生まれの名匠ビレ・アウグスト。問題意識の高い、骨太な写実描写で知られる監督で、だから、実はこの映画は宣伝文句で謳っているような“マンデラと看守の知られざる秘話を描いた感動作”ではまったくない。むしろ“感動”を期待すると肩すかしを食らうだろうし、映画の最もよいところを見逃すことになるのではないかと私は思う。

 では、アウグストがこの映画で描こうとしたのは何か。それはマンデラを基点にした南アフリカ社会の変遷である。マンデラは初めから終わりまで一貫して揺るぎない、普遍の存在として描かれている。だから一見主人公のようにも見えるが、そうではなく、本当の主人公は、グレゴリー、および白人たちの方なのである。つまり、この映画はマンデラを“定点”として、白人社会の変化を“観測”した映画といっていい。

 主人公のグレゴリーは特権を認められた白人とはいえ、貧しく、看守になるしか仕事がない。妻のグロリアは美容師の内職で一家を支えつつ、夫の出世を願う普通の主婦である。彼女にとってアパルトヘイトは当然の政策で、黒人が白人より劣等なのは、そう神が定めたからだと信じている。赴任直後のグレゴリーはマンデラなど死刑になるべきだと考えているし、職務に忠実に政治犯を監視し、少しでも不審な情報を得れば公安局に密告する。しかし、そんな彼らも、時代を経るに連れて、次第に考え方に変化が生じてくる。

 アウグストは、舞台を刑務所とその官舎、主人公をグレゴリー一家に絞り、1968年から1990年に至る南ア社会を、彼らの側から忠実に描いていく。アパルトヘイトとは何か、反アパルトヘイト運動とは何だったのかを直接描くのではなく、グレゴリーと妻、周囲の人間たちを鏡に使って、彼らに社会状況を間接的に映して見せるのだ。そこがこの映画の真骨頂だと私は思う。シンプルだが安易ではなく、派手さはないが誠実である。感動の涙が流れ落ちるということはないだろうが、いつまでも心に残る何かがある。それは、アウグストが人間の良心に絶対的な信頼を置きつつ、普通の人間を等身大に描くことから生まれていると私は思う。

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ライター 斎藤敦子のプロフィール

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