映画評論家 齋藤敦子のコラム「映画の処方箋」

なぜ『万引き家族』はパルム・ドールを獲得できたのか?

2018/06/01 UP

『万引き家族』が日本映画としては21年ぶりのパルム・ドール受賞という快挙で終わった今年のカンヌ映画祭。いったいなぜ、この結果が導かれたのだろうか。

授賞式をムービープラスの生中継でご覧になった方は、今年の賞の発表が例年とまったく違っていたことに気がつかれたかと思う。最初に短編パルム・ドールとカメラ・ドールという審査員の違う賞の発表があり、いよいよケイト・ブランシェットを長とする審査員団が壇上に呼び込まれて、最初に発表されたのは、なんと女優賞(サマル・イェスリャマヴァ)、そして次が脚本賞(ジャファル・パナヒとアリーチェ・ロルヴァケル)だった。これにはびっくり仰天した。映画祭の賞というのは、小さなものから大きなものへ順に発表される。つまり、例年なら審査員賞が最も早く(つまり最も小さな賞で)、次に脚本、監督、男女優、グランプリ、パルム・ドールの順になるはずだ。多少例外もあるが、今年は異例中の異例。そしてゴダールに特別審査員賞が贈られるという特別な措置があって、その後で、ようやく審査員賞、グランプリ、パルム・ドールの発表があった。この発表順の変更にはどういう意味があったのだろうか?《続きを読む》

授賞式後の審査員記者会見で、「なぜ『万引き家族』をパルム・ドールに選んだか」という質問に答えて、審査員長のケイト・ブランシェットが「審査はもめて、最後に数本が残り、その中で総合的に決めた」と答え、ここで私はやっと腑に落ちた。想像するに、ブランシェットの言う最後に残った数本とは、ゴダールの後に発表された3本、『万引き家族』、『ブラッククランスマン(原題)』、『カペナウム(原題)』で、支持の多い順にパルム・ドール、グランプリ、審査員賞となったのではないか、と。

今年のコンペティション部門は、人種差別、難民問題、格差社会の拡大、トランプ政権やプーチン政権の下で右傾化し、揺れる世界を反映し、社会問題をストレートに扱った作品が目立った。ナディーン・ラバキーの『カペナウム(原題)』は、ベイルートの貧しい家出少年が、エチオピア難民のシングルマザーと知り合い、赤ん坊の子守を引き受けるというストーリーで、底辺に生きる人々が直面する貧窮問題をリアルに描いたもの。スパイク・リーの『ブラッククランスマン(原題)』は、黒人警官が白人至上主義の差別集団KKKに潜入し、支部長になってしまうという、70年代に本当にあった実話の映画化。黒人警官をジョン・デヴィッド・ワシントン(デンゼル・ワシントンの息子)、彼の相棒で顔出し部分を担当するユダヤ人警官をアダム・ドライヴァーが扮して、嘘のような本当の話をユーモアたっぷりに描いている。どちらもテーマはシンプルで力強く、訴えたいことをストレートに描いている。

一方、『万引き家族』は、一つ屋根の下、祖母(樹木希林)、父(リリー・フランキー)、母(安藤サクラ)、息子(城桧吏)、母の妹(松岡茉優)という“家族”が身を寄せあって生きる、一種のユートピアと、その崩壊を描いたもの。万引き、年金、子供の虐待、貧窮などの社会問題を扱いながら、ストレートに訴えるのでなく、“家族の愛”というテーマに収斂させていったところに是枝の円熟があり、作品としての厚みがあった。

もう1つ、ケイト・ブランシェットに続いて、横に座っていたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が挙げたのが「演出の深さ」だった。さすが7回目のカンヌだけあって(うち2回はある視点部門だが)、ポール・ダノが是枝作品への出演を熱望するなど、是枝の演出力は世界中に知れ渡っている。子役から自然な演技を引き出す手腕はもちろんだが、プロの俳優からも演技臭くない、自然な演技を引き出す演出は国際的に定評がある。今回は特に安藤サクラが素晴らしく、クライマックスの“涙を出さずに泣く”彼女に心を掴まれた人は多かったのではないだろうか。

こう考えると、ナディーン・ラバキーでもスパイク・リーでもなく、是枝裕和の手にパルムが渡ったのは、今年の必然の帰結だったと私は思う。《閉じる》

カンヌ映画祭、今年の見どころは?

2018/04/20 UP

今年71回目になるカンヌ映画祭が5月8日にオープニングを迎える。4月12日にラインアップの発表とプレジデントのピエール・レスキュール、ディレクターのティエリー・フレモーの記者会見がパリで行われ、その模様がネットで同時中継された。発表されたラインアップで、日本にとっての大きな話題は、是枝裕和『万引き家族』と濱口竜介『寝ても覚めても』の2本がコンペティションに選出されたことだろう。

『万引き家族』は、万引きという犯罪で繋がった家族の危うさを描いたもので、父親をリリー・フランキー、母親を安藤サクラが演じる。是枝にとっては5度目のエントリーで、『誰も知らない』の男優賞(柳楽優弥)、『そして父になる』の審査員賞以上の賞を狙う。《続きを読む》

濱口竜介は15年に5時間を超える大長編『ハッピーアワー』で、主演の4人がロカルノ映画祭女優賞を受賞して注目された。『寝ても覚めても』は芥川賞作家柴崎友香の小説の映画化で、同じ顔をしているが中身はまったく違う男を愛してしまう女を描いたもので、主演は東出昌大と唐田えりか。濱口はカンヌ初登場でコンペ初エントリーである。

今年のオープニングはイランのアスガー・ファルハディ『エヴリボディ・ノーズ(皆が知る)』。13年にベレニス・ベジョが女優賞を獲った『ある過去の行方』に続いて、イラン国外で撮った作品で、スペイン映画界を代表する国際派スター、ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスの共演。イランはファルハディと並んで、名匠ジャファル・パナヒ『3つの顔(原題)』がコンペにエントリーした。パナヒは『白い風船』でカメラドールを獲って以来のカンヌだが、その間に『チャドルと生きる』でヴェネツィア映画祭金獅子賞、『人生タクシー』でベルリン映画祭金熊賞を受賞している。どちらかがパルムを獲れば、キアロスタミ以来、イランで2度目の受賞となる。

今年私が最も驚いたのはスパイク・リーのカムバックだ。スパイクは89年に彼の最高傑作『ドゥ・ザ・ライト・シング』をひっさげてコンペに初登場したものの無冠に終わり、その2年後に『ジャングル・フィーバー』でパルムに再挑戦するが、サミュエル・L・ジャクソンの助演賞に終わった(しかも、この助演賞はスパイクのために、その年だけ特別に作られた賞だった)。この仕打ちに怒ったのか、以後スパイクはカンヌをしばらく離れていた。だからこそ、新作『ブラッククランスマン(原題)』で、3度目の正直でのパルム受賞となるかが注目だ。

もう一人、パルム・ドール最右翼と思われるのは中国のジャ・ジャンクー『灰は純白(原題)』である。内容的には01年から17年までのラブ・ストーリーで主演はチャオ・タオということくらいしか分かっていないが、ジャ・ジャンクーは『長江哀歌』でヴェネツィア映画祭金獅子賞、カンヌでは『罪の手ざわり』で脚本賞を受賞した世界的な名監督であるばかりでなく、昨年は黄金の馬車賞(功労賞)を受賞し、審査員の経験もあるなど、映画祭への貢献度、知名度ともに抜群である。彼がパルムを受賞すると、中国映画(長編)では93年のチェン・カイコー監督『さらば、わが愛/覇王別姫』以来、25年ぶり2度目となる。

その他の注目作としては、『イーダ』でアカデミー外国語映画賞を受賞したパヴェウ・パヴリコフスキ監督『冷戦(原題)』、『イット・フォローズ』が話題になったアメリカの新鋭デヴィッド・ロバート・ミッチェルのアンドリュー・ガーフィールド主演のスリラー『アンダー・ザ・シルヴァーレイク(原題)』などがある。

今年はパリ5月革命のあおりで映画祭が中止になった68年から数えて50年目の記念の年にあたる。当時フランソワ・トリュフォーらと映画祭を中止する側に回ったジャン=リュック・ゴダールが、新作『イメージの本(原題)』を持って4年ぶりにコンペに登場する(今年のポスターも『気狂いピエロ』のジャン=ポール・ベルモンドとアンナ・カリーナだ)。あれから50年、カンヌが拡大変化するにつれ、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロルら、ヌーヴェル・ヴァーグの盟友が姿を消していった。ひとりゴダールが今もなお元気で新作を発表してくれるのは、何よりも嬉しい驚きである。《閉じる》

映画評論家 齋藤敦子

パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。1983年に初カンヌ、1987より毎年カンヌ映画祭へ足を運ぶ。字幕翻訳は『エリックを探して』(10)、『この自由な世界で』(08)、『麦の穂をゆらす風』(06)ほかケン・ローチ作品を13作、また『ブンミおじさんの森』(11)、『白いリボン』(10)などパルム・ドール受賞作も手掛ける。近年は『サウルの息子』(16)、『スポットライト 世紀のスクープ』(16)、『セールスマン』(17)、『ハクソー・リッジ(原題)』(17)。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

2018年 審査員一覧

司会者
エドゥアール・ベールEdouard Baerフランス / 俳優(『チキンとプラム ~あるバイオリン弾き、最後の夢~』)
審査員長
ケイト・ブランシェットCate Blanchettオーストラリア / 女優(『ブルージャスミン』『キャロル』)
ある視点部門審査員長
ベニチオ・デル・トロBenicio Del Toroプエルトリコ / 俳優(『チェ 28歳の革命 / 39歳 別れの手紙』でカンヌ男優賞受賞、第63回でコンペ部門審査員、関連作『ウルフマン(2010年)』)
シネフォンダシヨン&短編部門審査員長
ベルトラン・ボネロBertrand Bonelloフランス / 映画監督・脚本家・作曲家(『サンローラン』『メゾン ある娼館の記憶』)
カメラ・ドール審査員長
ウルスラ・メイエUrsula Meierフランス / 映画監督・脚本家(『シモンの空』)

カンヌヒストリー

カンヌ映画祭の発足

ヴェネチア映画祭を見たフィリップ・エルランジェとルネ・ランジュは、政治的圧力や商業性のない文化的で自由な映画祭をつくろうという発想のもと、フランス政府などに援助を求め、映画祭を開催することになりました。

開催候補地としては、カンヌ、ビアリッツ、ヴィシー、アルジェというフランスの保養地が挙げられ、 最終的には世界に広く認知されているコート・ダジュールのカンヌに決まりました。

しかし第1回カンヌ映画祭の開催予定日であった1939年9月1日に、ちょうど第二次世界大戦が勃発し、延期。結局7年を経て、戦後の1946年9月20日~10月5日にカジノだった場所を上映会場にして100本以上の映画を上映し、やっと第1回カンヌ映画祭が開催されました。

戦後の混乱の中、物資も不足 し、開催時期が悪いとの批判もありましたが、この時期に開催したことで逆にフランスの文化に対する意識の高さが評価されました。

現在は、ベネチア国際映画祭やベルリン国際映画祭とともに世界三大映画祭と称され、 映画人から最も愛される映画祭のひとつです。

パルム・ドールとグランプリ

現在の最高賞は「パルム・ドール」、次点が「グランプリ」。
混乱を招く最高賞の名称ですが、時代によって呼び方が変わっています。

  • 39年~54年(第01回~16回)「グランプリ」
  • 55年~65年(第17回~27回)「パルム・ドール」
  • 66年~75年(第28回~37回)「グランプリ」
  • 76年~現在(第38回~)「パルム・ドール」

さまざまな部門

映画祭のメインといえるコンペティション部門は、応募作品の中から映画祭事務局が選定したものが上映されます。最高賞「パルム・ドール」のほか、審査員特別賞(グランプリ)、最優秀監督賞、同男優賞、同女優賞などを、毎年異なる審査員が選定します。 コンペティション部門以外にも特別招待作品や、「ある視点」(コンペに選ばれなかった特色ある作品を上映)「シネフォンダシオン」(学生作品が対象)といった部門があります。また非公式の組織が運営する「監督週間」「批評家週間」の企画もあります。

また、2011年から新しい賞ができました。毎年、主催者はオープニングセレモニー中に「パルム・ドール ドヌール」を授与することになりました。この表彰は権威的な仕事でありながらパルム・ドールを受賞したことがない重要な制作会社に与えられます。近年では2002年のウッディ・アレン、2009年のクリント・イーストウッドがカンヌ映画祭のディレクターの委員会を代表する会長ジル・ジャコブによってこの栄誉を与えられました。現在は映画祭のオープニングに行われる伝統となり、これからも毎年行われることでしょう。