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何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『バットマン』2018/11/02 UP 放送日時

まだ宇宙が平和だった頃の元祖スーパーヒーロー。

 『バットマン』といえば、誰もがクリストファー・ノーランが監督し、クリスチャン・ベールが主演した、あの3部作を思い浮かべるだろう。だが、私にとっての『バットマン』はティム・バートンが監督し、マイケル・キートンが主演した『バットマン』と『バットマン リターンズ』の2本、特にジャック・ニコルソンがジョーカーを演じた1作目の『バットマン』なのだ。思えば、まだマーベルはマーベル・シネマティック・ユニバース(映画的宇宙)構想によって世界制覇を目指しておらず、後塵を拝したDC側がDCエクステンディッド・ユニバース(拡張宇宙)構想によって、それに対抗しようなどとは夢にも思っていない、宇宙が平和だった頃。その牧歌的な感じが『バットマン』には色濃く残っている。

 舞台は犯罪都市ゴッサム・シティ。マフィアのボス、グリソム(ジャック・パランス)が牛耳るこの町に新しい検事が着任し、犯罪撲滅に乗り出すものの、警察内部が腐敗していて成果があがらない。そんなとき、暗闇にまぎれて犯罪者を退治する“コウモリ男”の存在が噂になり、特ダネを嗅ぎつけた新聞記者ノックス(ロバート・ウール)とカメラマンのヴィッキー(キム・ベイシンガー)が噂の真相を追う。ボスの右腕ジャック・ネーピア(ジャック・ニコルソン)は、ボスの女との浮気がバレて罠にはめられ、警官隊に追い詰められたあげく、バットマンに化学薬品の入った水槽に落とされてしまう。強い酸の作用で顔の筋肉がいつも笑っているように引きつった“ジョーカー”に変身したジャックは、復讐心に燃え、グリソムを殺してボスの座につくと、ありとあらゆる手を使ってバットマンを挑発、ついにはヴィッキーに魔手を伸ばす…。

 監督のティム・バートンは、今でこそ『シザーハンズ』、『エド・ウッド』から最近作『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』に至るまで、その作風がよく知られる巨匠だが、当時は『ビートルジュース』が公開されているのみ。しかし、そのおたく的な特異な世界観に一部の映画ファンが熱狂していた、いわゆる“知る人ぞ知る”新人監督だった。そんな彼が、莫大な予算をかけた『バットマン』を監督することになり、しかも主演に『ビートルジュース』のマイケル・キートンを抜擢したと聞き、ファンは楽しみであると同時に不安をかき立てられていた。だいたい“ビートルジュール”のマイケル・キートンにスーパーヒーローが務まるだろうか、と。けれども、そんな心配は杞憂に終わり、試写に駆けつけて見た『バットマン』は最高に面白かったし、マイケル・キートンは(今見ると髪型に年代を感じるものの)カッコよかったし、何よりもジャック・ニコルソンのジョーカーが素晴らしかった。ノーラン版ではヒース・レジャーが演じているが、そしてヒースの演技に文句をつける気はないが、それでもジョーカーといえばジャック・ニコルソンしかいない。ニコルソンが出てくると目が離せなくなる、それほどの名演である。

 一方、マイケル・キートンにとってのバットマン役は、彼のキャリアに少し重いスピンをかけた。ティム・バートンの監督降板と共に2本で役を降りたのは賢明だったが、バットマンのイメージが強すぎて、その後はあまりパッとしなかった。ところが、『バットマン』を下敷きにしたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で見事に復活、アカデミー主演男優賞に初ノミネートを果たし、続いて『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』ではマクドナルドを世界的な大企業に成長させた創業者役で陰影のある演技を見せ、『スパイダーマン:ホームカミング』では敵役のバルチャーをニューロティックに演じている。すごい俳優になったものだ。

 ゴッサム・シティのモデルは、悪名高いアル・カポネが暗躍していた禁酒法時代のシカゴだが、ティム・バートンと美術のアントン・ファーストが作り上げたゴッサム・シティは、ドイツ表現主義時代の傑作『メトロポリス』を思わせる暗い近未来社会である。主人公のブルース・ウェインがトラウマを抱えるヒーローで、闇の中を飛び回るコウモリがモデルであることも暗さを強めている。劇場のスクリーンで見ると、暗くても細部まではっきり見えるが、テレビ画面では暗すぎて見えない部分が出てきてしまう。暗さもまた『バットマン』の魅力の一つなのだが。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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