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『高慢と偏見とゾンビ』2018/10/19 UP 放送日時

もしも19世紀の恋愛小説がゾンビに感染したら?

 <高慢と偏見>といえば、元祖ロマン小説の女王ジェーン・オースティンが19世紀初頭に出版した名作で、今もイギリスおよび英語圏の娘達の胸をときめかせる恋愛バイブルだ。何度も映画化され、特にテレビ版でダーシーを演じたコリン・ファースの当たり役となり、ファースは『ブリジット・ジョーンズの日記』でも同役(時代は違うが)を演じている。ダーシーはイギリス娘達の理想の男性像(誇り高く気難しいが、実は誠実でお金持ち。しかもハンサム)なのである。

 そんな名作の世界にソンビを投げ込んだのが『高慢と偏見とゾンビ』で、こんな罰当たりなパロディを考えついたのは、もちろんアメリカ人。ティム・バートンの『ダーク・シャドウ』の脚本で知られるセス・グレアム=スミスだ。映画化は『セブンティーン・アゲイン』などのバー・スティアーズが監督した。

 映画の設定はジェーン・オースティンの世界そのまま。違うのはイングランドがすでにゾンビに感染しており、ロンドンは荒廃し、ゾンビを防ぐ高い壁で囲まれてインビトウィン(中間地帯)と呼ばれていること。貴族の娘は日本へ留学して文化を学ぶが、その下のジェントリー階級は中国で武術を学ぶことになっていて、ベネット家でも家長ベネット氏(チャールズ・ダンス)が姉妹を中国に留学させ、長女ジェイン(ベラ・ヒースコート)、次女エリザベス(リリー・ジェームズ)たちは日々ゾンビ退治に明け暮れている。ストーリーは原作通りで、ジェインとビングリー(ダグラス・ブース)、エリザベスとダーシー(サム・ライリー)の2組のカップルが誕生するまでを巡って展開し、それを阻む要因として限嗣相続人のコリンズ牧師(マット・スミス)、士官のウィカム(ジャック・ヒューストン)が登場し、紆余曲折する。

 ちなみに限嗣相続とは、財産の相続人を最近縁の男子に限定する英国の法律で、息子のいないベネット家では、5姉妹の誰かがコリンズ牧師と結婚しないと、全財産はコリンズ牧師が相続することになる。TVシリーズ<ダウントン・アビー>で、息子のいないクローリー家では姉妹の誰かが限嗣相続人のマシューと結婚しなければならず、運良く長女メアリーがマシューと恋に落ちて結婚し(そして運良く男子が生まれたおかげで)、ダウントン・アビーは、めでたくクローリー家のものに留まる。

 主演のリリー・ジェームズは89年4月5日英国サリー州エシャー生まれ。両親ともに俳優で(『エイリアン』の“マザー”の声のヘレン・ホートンは祖母)、ロンドンの名門ギルドホール音楽演劇学校で演技を学んだ。ジェームズは亡父の名をとった芸名である。映画初出演は『タイタンの逆襲』のコリーナ役。たちまち頭角を現し、<ダウントン・アビー>のスコットランドの貴族の娘ローズ役を経て、ケネス・ブラナーが監督した『シンデレラ』で初主演。最新作の『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』ではメリル・ストリープの若い頃を演じて華麗な歌声を披露した。

 ダーシー役のサム・ライリーは80年1月8日英国リーズ生まれ。アントン・コービンの初監督作『コントロール』に主演し、注目された。私はこのときのイアン・カーティス役が忘れられない。他に『オン・ザ・ロード』のジャック・ケルアック役や『マレフィセント』のディアヴァル役など。『コントロール』で共演したアレクサンドラ・マリア・ララと結婚し、現在はベルリン在住。ベネット氏役のチャールズ・ダンスは、最近では<ゲーム・オブ・スローンズ>のラニスター家の当主役や、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』の意地の悪い老軍人役での印象が強烈で、こんな穏やかな老父役は珍しい。

 さて、『高慢と偏見とゾンビ』は、思ったよりもゾンビが弱く、感染力もいまいちなので、ゾンビ映画としては物足りなく思える。もう少しロメロ度を強めて欲しかったところだが、原作者はゾンビよりオースティンのファンに気を使っていて(全女性を敵に回したくなかったのかも)、<高慢と偏見>ファンが見れば、細部までよく考えられたパロディになっていることが分かるはずだ。問題はオースティンのファンがゾンビ映画を見て楽しめるかどうかにある。

 しかし、ゾンビというのはどんなジャンルにも絡ませることができるすごいアイテムだ。そこに気づいたセス・グレアム=スミスはさすが映画プロデューサーである。そこで私もちょっと考えてみた。<赤ずきんと狼とゾンビ>、<桃太郎と鬼とゾンビ>。誰か映画化してくれないかな。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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