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『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』2018/06/15 UP 放送日時

祝・結婚、ヒュー・グラントの愛妻物語

 長年独身貴族を続けていたヒュー・グラントがついに年貢を納めた!というニュースが飛び込んできた。お相手はかねてから交際中のスウェーデン人プロデューサー、アンナ・エリザベート・エバースタイン(既にヒューとの間に3児あり)。というわけで、結婚を祝して、彼が“愛妻”のために奮闘するコメディ『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』を紹介しよう。

 舞台は1944年のニューヨーク。大金持ちの有閑マダム、フローレンス・フォスター・ジェンキンス(メリル・ストリープ)は、ヴェルディ・クラブという音楽愛好会を創立し、トスカニーニなど有名な音楽家に気前よく資金を提供するパトロンとして知られていた。マダムの夢はオペラ歌手になることで、年に1度、親しい友人を招いてリサイタルを開いていた。しかし、本人はまったく気づいていなかったが、彼女は音程もリズムも外れっぱなしの最悪のオペラ歌手だった。そんなマダムに献身的に仕えるのがイギリス人の2度目の夫シンクレア・ベイフィールド(ヒュー・グラント)。実はシンクレアの涙ぐましい配慮によって、マダムは自分が音痴であることに気づかずにいたのだ。しかし、私家版レコードがラジオで好評だったことを知ったマダムは、ついにカーネギーホールでリサイタルを開こうと決意。こうして、シンクレアはマダムの音痴を隠して、カーネギーホールのリサイタルを成功させるという不可能なミッションに駆り立てられることになる…。

 “事実は小説よりも奇なり”というが、こんな破壊的な歌声のフローレンス・フォスター・ジェンキンスが実在の人物で、今もCDが売られているほど人気があると知るとびっくりする。ただの音痴というだけではない、人を惹きつける何かが彼女の歌声にあるのだろう。

 そこに着目したのが脚本のニコラス・マーティンで、話はとんとん拍子に進み、プロデューサーが決まり、監督も名匠スティーヴン・フリアーズに決まった。だが、大きな問題が1つ。誰がマダム・フローレンスを演じるか(演じられるか)だ。

 マーティンもフリアーズもこの人しかいないと信じてオファーしたのがメリル・ストリープだった。メリルも二つ返事で承諾。だが、問題はここから。歌える女優として有名なメリルだが、マダム・フローレンスが歌ったオペラ曲は技術的に相当難しく、しかもわざと音痴に歌わねばならない。そこで完璧主義者の彼女は、まずは正確に歌えるよう練習を積み、そこから音を外す特訓を受けた。まったくメチャクチャに歌っているようでいて、どんな原曲かが分かる、絶妙な歌い方は、この特訓の成果である。そのうえ、存在は滑稽だが、裏に悲しい過去を秘めている複雑なマダムの心情を見事に演じきって、見事20回目のオスカー・ノミネーション(主演女優賞)に輝いた。

 一方、ヒュー・グラントが演じたシンクレア・ベイフィールドは元々イギリスの俳優だったが、才能がなく、貴族出身(婚外子だった)を売り文句にアメリカに渡り、社交界に出入りしてマダム・フローレンスに出会った。ただ、結婚の目的が何だったにせよ、シンクレアは自分の立場をよくわきまえ、マダムのために奔走したのは事実。映画の中に描かれているように、二人は性愛を超えた愛情で結びついていたのだ。

 さて、エリザベス・ハーレイと破局してからのヒュー・グラントは、アンナとゴールインするまでにプロデューサーのジェマイマ・カーン、中国系女優ティンラン・ホン(ヒューとの間に2児あり)と浮き名を流した。ハンサムだからモテるのは当たり前だが、エリザベス・ハーレイの息子の名付け親になったり(ハーレイはヒューの長女の名付け親になった)、ティンラン・ホンと別れても子供の面倒をみたり、マメで優しいところがある。そんな彼の人柄がよく表れたのが本作のシンクレア役。本妻のマダムと愛人との二重生活を送りながらも、マダムに真心をつくす男を、これほど説得力を持って演じられる俳優は彼をおいて他にいないだろう。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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