知って得する!

映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
あなたに効くエピソードや解説を処方します!
用法用量を守って正しくお使いください。

239
『タクシードライバー』2018/05/07 UP 放送日時

76年カンヌ映画祭パルム・ドール受賞作にして映画史に残る名作。

 『タクシードライバー』は、75年の『アリスの恋』に続くマーティン・スコセッシ2度目のカンヌ映画祭コンペティション部門出品作で、見事パルム・ドールを受賞した歴史的名作である。今から42年前、スコセッシ30歳、ロバート・デ・ニーロ29歳のときだ。

 舞台は70年代半ばのニューヨーク。ベトナム戦争に海兵隊員として従軍したトラヴィス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)は、除隊後、不眠症になり、一晩中地下鉄やバスに乗って過ごしていた。ならばタクシー運転手になって金を稼ぐ方がいいと思いつき、タクシー会社に出向いて採用される。シフトは夕方6時から翌朝6時まで、週6日勤務だ。ある日、街を流しているときに、大統領候補パランタイン州知事の選挙事務所で働く清楚な美女ベッツィ(シビル・シェパード)に一目惚れし、選挙事務所に押しかけ、強引にデートに誘う。が、彼女をポルノ映画館に連れていって即座に絶交される。タクシーの前に飛び出してきた美少女アイリス(ジョディ・フォスター)に興味を持つと、彼女は家出少女でスポーツというあだ名のポン引き(ハーヴェイ・カイテル)の下で売春していた。ベッツィにふられて悶々としていたトラヴィスは、タクシー運転手仲間の手引きで銃を手に入れると、彼の目には薄汚れて見えるこの世界を浄化するための計画を練り、パランタインの選挙集会に押しかけていくが…。

 トラヴィスのように普通の社会になじめず、他人と正常な関係を結べない男、浄化(クリーン)が口癖の差別主義者は、40年後の今の方が、より一般的になっているかもしれない。だから現在の目でトラヴィスを批判することは容易だろう。だが、『タクシードライバー』が描く時代、76年に大統領選が行われたので、予備選挙をその前年とすれば75年は、まさにベトナム戦争が終結した年である。トラヴィスは73年に除隊しているから、ベトナム戦争末期の泥沼状態を体験し、“汚い戦争”をめぐって国内が二分し、混乱し、疲弊した祖国アメリカに帰国した、ということになる。彼の不眠症は一種のPTSDだが、実はアメリカという国自体もベトナム戦争のPTSDに罹っていた。『タクシードライバー』は、そんな時代の病理を、帰還兵トラヴィスに仮託して描いた映画なのである。

 監督マーティン・スコセッシ、主演ロバート・デ・ニーロについては今さら言うまでもないが、『タクシードライバー』には彼らの他に欠かせないスタッフが二人いる。撮影のマイケル・チャップマンと音楽のバーナード・ハーマンだ。

 マイケル・チャップマンは『タクシードライバー』と『レイジングブル』という2本のスコセッシ作品で映画史に名を残す名撮影監督である。彼のカメラは、フレームをかっちり作る、コンポジション優先の画面作りでなく、登場人物の動きに自然に寄り添い、形より動きを重視するところに特徴がある。チャップマン自身が監督なので、カメラで演出することに長けているのだろう。今は絵画のような画面作りが上手い撮影だと言われがちだが、私はチャップマンの『タクシードライバー』や、ラズロ・コヴァックスの『イージー・ライダー』のような、自在なカメラワークが映画の本道だと思っている。

 バーナード・ハーマンは、11年ニューヨーク生まれで、オーソン・ウェルズの伝説のラジオ番組<宇宙戦争>にスコアを書いたのがきっかけで、ウェルズの『市民ケーン』から映画音楽の仕事を手がけるようになった。映画ファンにとって、ハーマンといえばヒッチコックで、『めまい』、『サイコ』、『鳥』などのヒッチコックの名作に忘れられない映画音楽を提供している。が、『引き裂かれたカーテン』の製作途中で、“ハーマンの音楽は古くさい”と、ヒッチコックから一方的にクビを宣告され、以来、トリュフォーやデ・パルマといった映画好きな映画監督と仕事をするくらいで、“古くさい”という言葉が災いし、ハリウッドから半ば忘れられた存在になっていた。スコセッシがハーマンに依頼しようとしたら、疑問の声があがったとも聞く。しかし、冒頭のタイトルバック場面のアルト・サックス(演者はトム・スコット)をフィーチャーしたジャジーなスコアが流れた途端に、それまでの風評は吹き飛び、ハーマンの天才を世界に再認識させることになった。この音楽なくして『タクシードライバー』は存在しないほどの名映画音楽である。残念ながらハーマンは『タクシードライバー』のレコーディングが終わった半日後に心臓発作を起こして急逝し(✝75年12月24日)、この映画が遺作となった。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

メルマガ限定コラムもチェック!

ここでしか読めないコラムを毎月お届け。

最新のコラム

コラム一覧

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年