知って得する!

映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
あなたに効くエピソードや解説を処方します!
用法用量を守って正しくお使いください。

234
『裏切りのサーカス』2018/02/23 UP 放送日時

スパイ小説の名作を英国演劇界最高のキャストで映画化

 『裏切りのサーカス』は、アカデミー賞主演男優賞に王手をかけて、今、乗りに乗っているゲイリー・オールドマン主演のスパイ映画だ。

 原作は現代を代表するスパイ小説界の巨匠ジョン・ル・カレが74年に発表した<ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ>。外見は冴えない初老の男、実は頭脳明晰な英国情報部員ジョージ・スマイリーを主人公にした、スマイリー5部作の3作目にあたる。邦題のサーカスとは、英国情報部のあるロンドンのピカデリー・サーカスのこと。

 英国情報局のトップ、コントロール(ジョン・ハート)は、局内に20年あまり前から“もぐら”が潜り込んでいることに気づき、その情報を握るハンガリーの将軍を亡命させようとして、密かにジム・プリドー(マーク・ストロング)をブダペストに派遣する。だが情報が漏れて、作戦は失敗、プリドーは撃たれ、コントロールは失脚し、失意のうちに死ぬ。その後、情報部はパーシー・アレリン(トビー・ジョーンズ)を中心に、ロイ・ブランド(キアラン・ハインズ)、ビル・ヘイドン(コリン・ファース)、トビー・エスタヘイス(デヴィッド・デンシック)が、ソ連の情報部員を二重スパイに使ったウィッチクラフト作戦を運営、外務大臣に高く評価され、無条件で予算が通るほど我が世の春を謳歌していた。その頃、“もぐら”の情報を握るソ連の女性を亡命させようとして失敗し、怒りにかられた工作員のリッキー・ター(トム・ハーディ)が、情報機関監査役のオリヴァー・レイコン(サイモン・マクバーニー)に、“本部にもぐらがいる”と通報。レイコンはコントロール失脚後、局を離れていたジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)に調査を命じる。スマイリーは、左遷されていた元部下のピーター・ギラム(ベネディクト・カンバーバッチ)とロンドン警視庁公安部のメンデル警視を集め、“もぐら狩り”を開始する。コントロールは幹部5人にまで犯人を絞り込み、アレリンにティンカー(金物屋)、ヘイドンにテイラー(仕立屋)、ブランドにソルジャー(兵隊)、エスタヘイスにプアマン(貧乏人)、スマイリーにベガーマン(乞食)というコードネームを付けていた。果たして、そのうちの誰が“もぐら”、つまりスパイなのだろうか?

 サマセット・モーム、グレアム・グリーン、イアン・フレミングなど、英国の作家には情報局出身者が多いが、彼ら先輩作家とル・カレとの決定的な差は、50年代に発覚した二重スパイ“ケンブリッジ・ファイヴ”(ケンブリッジの同窓生5人がソ連のスパイだったという事件)によって、大きく痛手を受けた情報局にいたことだろう。<ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ>は、まさにその事件を下敷きにしている。

 これ以上深入りすると、犯人が分かってしまうので詳細は避けるが(勘のいい人はとっくに分かっているだろうが)、犯人が分かっても作品の面白さは変わらない。むしろ、最後まで見終わってから、また2度、3度と見直すと、そのたびに新しい発見がある。監督は『ぼくのエリ、200歳の少女』のトーマス・アルフレッドソンで、本当に手際よく脚色しているが、128分という上映時間が足りないくらいに思える。

 素晴らしいのはキャスティングで、アカデミー賞受賞目前のゲイリー・オールドマンから、まだ若いベネディクト・カンバーバッチ、トム・ハーディ(!)まで、考えうる限り最高の布陣で、英国俳優人の層の厚さと底力を感じる。

 この作品を楽しんだら、ケンブリッジ・ファイヴが登場する他の作品、たとえばガイ・バージェスを主人公にした『アナザー・カントリー』や、ジョン・ケアンクロスが登場する『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』を見ることをお薦めする。第二次大戦前夜から冷戦期にいたる英国の時代背景が多面的に見えてくるはずだ。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

メルマガ限定コラムもチェック!

ここでしか読めないコラムを毎月お届け。

最新のコラム

コラム一覧

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年