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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『アイズ ワイド シャット』2018/02/09 UP 放送日時

鬼才スタンリー・キューブリックの遺作にして問題作

 『アイズ ワイド シャット』は、倦怠期にさしかかった若い夫婦の性的ファンタジーを描いたスタンリー・キューブリックの遺作。当時はまだ夫婦だったトム・クルーズとニコール・キッドマンの共演や、大胆なセックス・シーンが話題になった。題名の“アイズ・ワイド・シャット”は、英語の慣用表現“アイズ・ワイド・オープン”(目を大きく開いて)をもじった、“目をしっかり閉じろ”という意味の造語。

 ビル・ハーフォード(トム・クルーズ)はニューヨークの開業医で、美しい妻アリス(ニコール・キッドマン)と幼い娘が一人いる。裕福なジーグラー(シドニー・ポラック)の家で開かれた豪華なクリスマス・パーティに招かれた二人は、それぞれ別の相手と親しげに振る舞う。突然ジーグラーに呼び出されたビルは、麻薬で意識不明になった全裸の娘を助ける。翌日、パーティの途中で消えたビルが浮気をしていたのではないかと疑うアリスは、夏のバカンスで、エレベーターで一緒になった海軍士官に、すべてを捧げたい衝動にかられたと語る。寝たきりだった老患者が死んだという知らせを受けて、弔いに行ったビルは、妻と海軍士官がセックスしている妄想に取り憑かれて、ふらふらと街をさまよう。医学部の同級生でピアニストになったニック・ナイチンゲール(トッド・フィールド)が演奏しているクラブを訪ね、ニックから秘密のセックス・パーティの合い言葉を聞き出すと、貸衣装屋で仮装の衣装とマスクを借りて、館へ向かうが…。

 原作はオーストリアの作家アルトゥール・シュニッツラーが1926年に発表した<夢小説>。キューブリックは72年に映画化権を所得し、脚本家フレデリック・ラファエルと舞台を現代のニューヨークに移して脚色した。多少の変更はあるものの、原作の3日間の出来事は、ほぼ忠実に踏襲されている。

 撮影はすべてイギリスの撮影所に、ニューヨークの街の巨大なセットを建てて行われた。撮影期間は96年11月から98年4月までの400日あまりで、映画撮影の最長記録としてギネスに認定されたほどだ。そのため、クルーズ、キッドマン夫妻はロンドンに引っ越したし、撮り直しになったときに次の作品に入っていたジーグラー役のハーヴェイ・カイテルとマリオン役のジェニファー・ジェイソン・リーは、それぞれシドニー・ポラックとマリー・リチャードソンに交替されてもいる。

 シュニッツラーの時代はジークムント・フロイトの精神分析の時代と重なり、シュニッツラーも心理分析的に小説を書いた。<夢小説>は、外から見れば絵に描いたような幸せな医師の生活が、裏から見れば妻に対する不信や嫉妬で揺れ動いている様を克明に分析したもの。『アイズ ワイド シャット』もまたシュニッツラーを踏襲し、仮面の下に隠れた人間の本性を暴くことをテーマに据えている。が、それだけでなく、映像作家キューブリックは本作でも真に映画的な表現を追求した。見どころは、まさにその映像と音と音楽が三位一体となったセックス・パーティの描写だ。秘密の儀式(フリーメーソンの儀式を模したとも言われている)の淫靡さと緊張感、リゲティの現代音楽、自由自在に動くカメラの酩酊感が渾然一体となった、一種異様な場面でもある。当時トム・クルーズ35歳、ニコール・キッドマン30歳。二人の最も美しい姿が記録されたという意味でも意義深い(その後の経年劣化を超越した二人の“変わらなさ”を見れば特に)。

 キューブリックは本作を完成し、内輪だけで試写を行った5日後の1999年3月7日に急死した。そのため、多くの部分が今も謎のまま残され、解釈は観客の自由に任されている。どこまでが本当で、どこからが嘘なのか。すべてはビルの妄想だったともとれる。まさに、人生は欲望が見せる夢なのだ、というのがキューブリックの遺言なのかもしれない。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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