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何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『シャイニング』2018/01/12 UP 放送日時

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鬼才キューブリックの映画史上に残る傑作

 『シャイニング』は、次第に観念的になっていくキューブリック後半の作品の中で、娯楽性においても芸術性においても一級の傑作。映画ファンならずとも必見の1本だ。

 仕事を辞めて作家を目指すジャック・トランス(ジャック・ニコルソン)は、妻のウェンディ(シェリー・デュヴァル)と息子のダニー(ダニー・ロイド)を連れて、冬は雪で閉ざされるコロラド山中の巨大なホテルに管理人として住み込む仕事に志願する。面接のときに支配人から、以前、管理人を引き受けたグレイディという男が孤独に耐えられず、精神に異常をきたして斧で家族を惨殺した事件があったと聞かされても、自分は大丈夫だと請け合うジャックだが、実はアルコール依存症で、家族に暴力を振るった過去がある精神的な弱さを抱えていた。ホテルが閉鎖される日、料理長のハロラン(スキャットマン・クローザース)はトランス一家にホテルを案内しながら、息子のダニーが自分と同じ“シャイニング”という超能力を持っていることに気づき、“237号室には近づくな”と警告する。実際、ホテルに到着してから、ダニーの目にエレベーターから噴き出す血や双子の姉妹などの不吉なイメージが次々に見え始める。やがて雪が降り積もり、外界と隔てられた巨大なホテルで、たった3人の生活が始まる。ジャックは広いホールにタイプライターを据え、原稿に取り組むが、創作の行き詰まりと短調で孤独な毎日が、次第に彼の神経を狂わせていく…。

 原作はモダンホラーの巨匠スティーヴン・キングが77年に発表した<シャイニング>だが、キングは映画版を気に入らず、キューブリック批判を繰り返した末に、97年には自らの監修でTVミニシリーズとして再映像化した。

 なぜキングをそれほど怒らせたかと言えば、キューブリックが原作の超自然的な設定(原作ではホテル自体が邪悪な意志を持つ存在として描かれている)をカットして、絶対的なの孤独と焦燥の中で狂気に陥っていく男のサイコ・サスペンスとして作り直したからだ。息子とハロランが持っている超能力“シャイニング”や、不気味なバーテンダーが登場するバーの場面などにキングっぽさが多少残ってはいるものの、ハロランの役割は原作よりずっと小さくされたし、バーの場面はアルコール依存症のジャックが酩酊状態で見た妄想ととることもできる。

 実は『シャイニング』にはプレミア上映の際の146分、2分カットされた144分のアメリカ公開版、さらに25分カットされた119分のヨーロッパ公開版があり(日本で公開されたのも最も短いヨーロッパ版)、アメリカ公開版にはあった、超常現象を思わせる場面や、助かった親子を支配人が病院に訪ねてくるラストシーンなど、キューブリックが“無駄”と思う場面がヨーロッパ版ではすべてカットされ、純粋なサイコ・サスペンス化された。そのため、公開時には酷評されてもいる(ラジー賞に2部門ノミネートされた)。

 見どころは何と言ってもジャック・ニコルソンとシェリー・デュヴァルの演技だ。完璧主義者で何テイクも撮ることで有名なキューブリックの演出によく耐え、よくもこれだけの演技が出来たものだと感心する。ジャック・ニコルソンの素晴らしさは言うまでもないが、シェリー・デュヴァルは、彼女の絶望感を煽るために、現場のスタッフはキューブリックから彼女に冷たくするよう厳命されていたというから驚く。

 そして、この映画のもう1つの主役は、バルトーク、リゲティ、ペンデレツキといった現代作曲家の作品を効果的に使った音楽と、発明者ギャレット・ブラウン自ら操作して撮影したステディカムによるスムースな移動撮影だ。長い廊下を三輪車で走り回るダニーを追いかける場面などで発揮されたステディカムの威力は、この映画で広く認められたと言えるだろう。

 オーヴァールック・ホテルのモデルになったのはオレゴン州マウント・フッドにあるティンバーライン・ロッジだが、ホテルの内部は、すべてロンドンのエルスツリー撮影所に建てられたセット。雪で埋もれたホテルの外で母子が戯れる場面も屋外セットで、雪に見えるのは大量の塩である。背筋が凍り付くほど“寒い”映画だが、セット内は大量の照明のために死ぬほど暑かったそうだ(キューブリックの映画はいつもそうだが、この映画は特に逸話が多い。書いていると長くなるので、この辺で)。

 最近ではジェニファー・ローレンス&クリス・プラット主演の『パッセンジャー』にバーの場面が引用されていたが、今も様々な映画に影響を与え続けるキューブリックの傑作を、絶対にお見逃しなきよう。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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