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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『ボーダーライン(2015年)』2017/10/20 UP 放送日時

大注目ドゥニ・ヴィルヌーヴの傑作アクション・サスペンス

 今、世界で最も旬な監督といえば、何と言っても『ダンケルク』のクリストファー・ノーランと、今年『メッセージ』と『ブレードランナー 2049』という大作2本を日本公開するドゥニ・ヴィルヌーヴだろう。世界的に名前が知られるようになったのはノーランの方が先だが、ノーラン47歳、ヴィルヌーヴ50歳と、ほぼ同年代。二人とも確固としたヴィジョンを持った、映画界を牽引する逸材である。『ボーダーライン』は、そのヴィルヌーヴが『メッセージ』の前に撮った作品で、2015年のカンヌ映画祭コンペティション部門に出品された傑作である。

 メキシコと国境を接するアリゾナ州で麻薬組織による連続誘拐事件の捜査を担当していたFBI捜査官ケイト(エミリー・ブラント)と相棒のレジー(ダニエル・カルーヤ)は、犯人のアジトの急襲作戦に参加するが、情報が漏れ、犠牲者のおびただしい遺体は発見したものの、犯人は捕まえられず、逆に犯人が仕掛けた爆弾で捜査員に犠牲者を出してしまう。そんな折、二人は上司の推薦で、国防総省のマット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)という男の面接を受けることになり、ケイトだけ、麻薬組織の最高幹部マヌエル・ディアスの逮捕を目的とした特殊捜査チームに志願することになる。元検事という謎のコロンビア人ハレハンドロ(ベニシオ・デル・トロ)を加えた一行は、デルタフォースの護衛を受けて、国境を越え、メキシコの麻薬都市フアレスまで、警察に拘束されたディアスの弟を引き取りに行く作戦を決行。こうして、ケイトは否応なしに麻薬戦争の非情な現実に巻き込まれていく…。

 原題はSicario(シカリオ)といい、スペイン語で殺し屋、ヒットマンのこと。『海は燃えている』で2016年にベルリン映画祭金熊賞を受賞したジャンフランコ・ロージに、その名もずばり『エル・シカリオ(原題)』という作品があり、これがまさにフアレスで麻薬組織のヒットマンをやっていたメキシコ人の告白を撮ったもの。身元を知られないよう、黒い頭巾を被った男が、自分がいかに人を誘拐し、どうやって殺したかを身振り手振りで語り続けるという怖い映画だった。このことを頭に入れておいていただくと、『ボーダーライン』の原題がなぜシカリオというかがラストでもっと腑に落ちるはずだ。

 撮影はイギリスの名匠ロジャー・ディーキンスで、ヴィルヌーヴとのタッグは『プリズナーズ』、『ブレードランナー 2049』と合わせて3本。本作のクリアで、密度の濃い映像は素晴らしく、個人的には『ブレードランナー 2049』より好きかもしれない。特に、映画の前半の山場、国境を越えてフアレスへ行くミッションを撮った場面など、最高の一言。惚れ惚れする。

 出演は、理想家肌のFBI捜査官役には、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』でアクションにも冴えを見せたエミリー・ブラント。チーム・リーダー役のジョシュ・ブローリンは68年カリフォルニア生まれで、父は俳優のジェームズ・ブローリン。『グーニーズ』で映画デビューし、長く脇役を続けていたが、中年になってから注目され、コーエン兄弟の『ノー・カントリー』やオリヴァー・ストーンの『ブッシュ』などでは主役を張るようになった遅咲きの大物だ。謎のコロンビア人を演じたベニシオ・デル・トロは67年プエルトリコのサン・ヘルマン生まれ(ベニチオはイタリア語読み)。スティーヴン・ソダーバーグの『トラフィック』で00年にアカデミー賞助演男優賞受賞、『チェ』で08年カンヌ映画祭男優賞受賞。最近は『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』や「アベンジャーズ」シリーズにも登場する、何でも演れる怪優だ。

 ヴィルヌーヴの映画には、とてつもなく意志の強い主人公(たいてい父親か母親)が登場し、非情な運命に翻弄される。『灼熱の魂』の母親、『プリズナーズ』の娘を誘拐された父親、『メッセージ』の言語学者など。本作もまさにそれで、運命にあらがい、意志を貫徹する姿を描いていく。クリストファー・ノーランが映画の語り方を重視するのに対し、ヴィルヌーヴは人間を重視する。そこに私は魅力を感じるし、ノーランを超えるところではないかと思っている。『ブレードランナー 2049』を見る前に、見逃せない1作だ。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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