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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『レインマン』2017/08/10 UP 放送日時

自閉症とカンタス航空を有名にした80年代を代表する名作

 『レインマン』は88年のアカデミー賞作品・主演男優(ダスティン・ホフマン)・監督(バリー・レヴィンソン)・脚本(ロナルド・バス、バリー・モロー)の4賞を獲得した80年代を代表する1本だ。

 主人公は、やり手の青年実業家チャーリー(トム・クルーズ)。高級外車の輸入販売に手を出したものの、港まで運ばれてきた高級車ランボルギーニが環境保護局の検査を通らず、高利貸しから借りた資金が焦げ付きそうになって焦っていた。そこに、父親が死んだという知らせが届く。故郷のシンシナティに戻って葬儀に出席したものの、チャーリーには、家出の原因となった49年ビュイック・ロードスターとバラの木が遺されただけで、300万ドルの遺産のすべては信託預金として見知らぬ管財人に渡ると知らされる。信託銀行で情報を聞き出し、管財人に会いにいくと、そこはウォルブルックという養護施設で、管財人はブルーナーという医師、遺産を相続したのは兄レイモンド(ダスティン・ホフマン)だった。兄がいることさえ寝耳に水のチャーリーだったが、幼い頃に母親が死ぬと、自閉症の兄は施設に入れられ、20年以上も外の世界を知らずに過ごしてきたと知る。借金返済を迫られ、遺産の分け前がどうしても欲しいチャーリーは、レイモンドを施設から連れ出して、弁護士と交渉しようとするが、飛行機が怖い兄のせいでシンシナティからロサンゼルスへと車で旅するはめになる。しかし、その6日間は、チャーリーにとって、今までの生き方を考え直す、忘れられないライフ・レッスンとなっていく。

 レイモンドは自閉症の中でもサヴァン症候群という、特定な分野に限って超人的な能力を発揮する者という設定。サヴァンとはフランス語で賢人という意味で、レイモンドのモデルとなったキム・ピークは9000冊以上の本を記憶していたと言われている。原作のバリー・モローは、86年にキム・ピークに出会って『レインマン』の発想を得た。ダスティン・ホフマンもキム・ピークにたびたび会って演技の参考にしたという。

 映画の見どころは、何といっても完璧主義者ダスティン・ホフマンの演技だ。67年に『卒業』で注目されてから『真夜中のカーボーイ』、『わらの犬』、『レニー・ブルース』、『大統領の陰謀』、『クレイマー、クレイマー』と、70年代を代表する名作に次々に出演してアメリカを代表する名優となり、80年代に入ってからは『トッツィー』の女性キャスター、そしてこの『レインマン』のサヴァン症候群と、“普通ではない”難しい役柄に挑戦するようになる。このレイモンド役は特に難しく、“ダスティン・ホフマンが自閉症者のマネをしている”と思われてはすべてが台無しになるところを、神業のような巧みさで、いつのまにか“ホフマン臭”を消してしまう。公衆電話ボックスでおならをしてチャーリーを困らせる場面や、終盤、施設に戻すという診断が下った後、トム・クルーズの胸に頭を寄せ、“僕の親友(メイン・マン)”と言う場面などは、脚本にない、ホフマンの即興演技というから驚きだ。ちなみに、このときに診断を下す精神科医のマーストン博士を演じているのが監督のバリー・レヴィンソンである。

 一方のトム・クルーズは、86年に『トップガン』を大ヒットさせ、20代半ばで“ハリウッドで一番影響力のある俳優”になり、飛ぶ鳥を落とす勢いの頃。彼が偉いのは、スーパースターになっても少しも驕ることなく、大ヒットを狙える娯楽作だけでなく、マーティン・スコセッシの『ハスラー2』や、オリヴァー・ストーンの『7月4日に生まれて』などの問題作にも出演するところだ。この頃から、ただのスターでは終わらないぞ、という彼の強い意志がうかがえる。まだ肌がつやつやで歯列矯正前の、しかし筋肉はしっかりつけている20代後半のトムの魅力を堪能できる。

 今回30年ぶりに見直してみて気づいたのは、自閉症に対するレヴィンソンの細やかな配慮だ。もっとクライマックスに向かって感動を盛り上げていけるのに、そうしていない。そうすればもっと感動的にはなったろうが、感傷に堕してしまうだろうからだ(レヴィンソンは音楽のハンス・ジマーにも、感傷的にならないよう、弦楽器を使うなと指示している)。自閉症を感傷的に扱いたくなかったからだろう。兄弟の仲が深まるエピソードと、レイモンドが問題行動を起こすエピソードを交互に積み重ねて、レイモンドとの暮らしはチャーリーが考えているほど簡単ではないことをさりげなく示している。最初に見たときは結末に不満だったが、今ではこれしかなかったと思える。6日間の旅の中に、そのための布石がちゃんと打ってあるのだ。

 最後にトリビアを1つ。“カンタス航空が世界で一番安全”というレイモンドの台詞は脚本段階では作り話だったが、後で本当だと分かったという(ジェット機の墜落事故は現在に至るまで1件もない)。カンタス以外の航空会社の多くは機内上映の際にこの台詞をカットしているそうだ。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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