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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『ウォルト・ディズニーの約束』2017/06/02 UP 放送日時

バンクス氏とは何者か? なぜ彼を救うのか?

 『メリー・ポピンズ』といえば、名ミュージカル女優ジュリー・アンドリューズの映画デビュー作で、“チム・チム・チェリー”を始めとするシャーマン兄弟の名曲もたっぷりの楽しいミュージカル、というのが一般的な認識かと思う。だが、その裏には、頑固な原作者P・L・トラヴァースから映画化権を得るためにウォルト・ディズニーの涙ぐましい努力があった。そんな驚きの製作秘話を描いたのが『ウォルト・ディズニーの約束』である。

 1961年、童話<メアリー・ポピンズ>の作者P・L・トラヴァ―ス夫人(エマ・トンプソン)がカリフォルニアにやってくる。ウォルト・ディズニー念願の企画『メリー・ポピンズ』を承諾するかどうかを決定するためだ。空港に出迎えたお抱え運転手(ポール・ジアマッティ)の車でビバリーヒルズ・ホテルに荷物を降ろした彼女は、部屋いっぱいに飾られたディズニー・キャラクターのぬいぐるみを見て、顔をしかめる。実はアニメが大嫌いなのだ。翌日ディズニー・スタジオで脚本のドン・ダグラディ(ブラッドリー・ウィットフォード)、作詞作曲のロバート(B・J・ノヴァク)と、リチャード(ジェイソン・シュワルツマン)のシャーマン兄弟に紹介される。もとより“アニメもミュージカルもダメ”と20年も映画化を拒んできた夫人は、彼らの脚色にことごとく反対。ウォルト・ディズニー(トム・ハンクス)は、我が子同然のミッキーマウスの権利を大物プロデューサーに売り渡した苦い経験があるので、彼女の気持ちを理解し、何とか気に沿うように努力する。ところが、アニメのペンギンを出すと聞いて夫人の怒りが爆発、ロンドンへ帰ってしまう。そのときになって、ウォルトは、夫人の本名はヘレン・ゴフ、父親はトラヴァース・ゴフ(コリン・ファレル)という銀行員で、アルコール依存症のためにオーストラリアの片田舎で失意のうちに亡くなったことを知る。“メリー・ポピンズが誰を救いに来たのか”をやっと理解したディズニーは、最後の説得にロンドンへ向かう…。

 原題は『Saving Mr. Banks(バンクス氏を救うこと)』。バンクス氏とは『メリー・ポピンズ』の厳格な父親の名字だが、原作者の父親が銀行(Bank)員だったことに由来する。この映画を見れば、“バンクス氏を救うこと”こそが、童話<メアリー・ポピンズ>の核であり、原作者P・L・トラヴァースの創作の原動力であったことが痛いほど分かるだろう。

 ウォルト・ディズニーをトム・ハンクス、トラヴァース夫人をエマ・トンプソン、父親トラヴァースをコリン・ファレルが演じて、3人とも素晴らしい熱演だが、特に運転手役のポール・ジアマッティの軽妙洒脱さが映画の息抜きになって得をしている。

 監督のジョン・リー・ハンコックは脚本家出身で、俳優の名演技を引き出す名場面を作るのが上手い。前作『しあわせの隠れ場所』ではサンドラ・ブロックにアカデミー主演女優賞をもたらしたが、本作ではトーマス・ニューマンが作曲賞にノミネートされただけで、俳優がひとりもノミネートされなかったのが不思議といえば不思議である。

 本作は一見、ディズニーによるディズニーのためのディズニー映画に見えるが、実際はまったく別の企画だった。だが準備段階でウォルト・ディズニーを登場させたり、シャーマン兄弟の歌曲を使わなければ映画が成り立たないことに気づいて、ディズニー社に製作に加わってもらったという。監督のハンコックによれば、ディズニー社はウォルト・ディズニーの描き方に一切文句をつけなかったそうだ。

 子供の頃に初めて『メリー・ポピンズ』を見たとき、子供向けの楽しいおとぎ話というだけではない、ほろ苦さを感じたことを覚えている。『ウォルト・ディズニーの約束』を見ると、そのほろ苦さがどの辺から来たものかがよく分かる。『しあわせの隠れ場所』も素晴らしいファミリー映画だったが、『ウォルト・ディズニーの約束』は、それ以上に感動的な映画である。それは人生の影の部分を描き、悲しい過去の思い出を哀悼しているからだと私は思う。ディズニーを好きな人ならもちろん、嫌いな人にもお薦め。きっと『メリー・ポピンズ』をもっと深く、大人の視点で楽しめるようになるはずだ。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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