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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『誰も知らない』2017/05/08 UP 放送日時

カンヌと賞と柳楽優弥

 5月なのでカンヌ映画祭にちなんだ作品を紹介しよう。カンヌに出品された日本映画の中で私の印象に今も強く残っている1本、是枝裕和の『誰も知らない』である。ドキュメンタリー出身の是枝裕和の長所が存分に生かされた傑作で、これまでの是枝作品の中で私が最も好きな1本でもある。1988年に発生した巣鴨子供置き去り事件をヒントに、是枝が15年の歳月をかけて映画化した作品だ。

 ある町のアパートに福島けい子(YOU),長男・明(柳楽優弥)の母子が引っ越してくる。アパートの大家(串田和美)には、夫は出張中で母子二人暮らしと自己紹介するが、引っ越し荷物のトランクに次女・ゆき(清水萌々子)、次男・茂(木村飛影)が隠れており、人目を忍んで長女・京子(北浦愛)も合流する。実は、けい子は父親の違う4人の子を育てるシングルマザーで、小さな子供が多いと大家がいい顔をしないために嘘をついていたのだった。出生届を出していないため、存在を認められておらず、保育園にも学校にも行けない子供たちは、昼間けい子が働きに出ている間、部屋の中だけで大人しく暮らしていた、まだ幼い弟妹の面倒を見るのは長男の明だった。しかし、ある日、けい子に新しい恋人ができ、アパートを出ていってしまった。しばらく現金書留が送られてきたが、それも途絶え、食べものも買えず、やがてガスや電気さえ止められてしまう。部屋を抜け出して公園の水を飲み、コンビニ店員から賞味期限切れの弁当をもらったりしてしのいでいたが、そんなぎりぎりの生活がついに破綻するときが来た…。

 自分だって大人にはほど遠いのに、突然弟妹の責任を押しつけられてしまった明の健気さが胸をつく。ラストシーンの虚無を見透かしたような明のまなざしが忘れられない。明役の柳楽優弥は1990年生まれで、この映画が初オーディション、初主演。それで2004年カンヌ映画祭の男優賞を射止めてしまった。

 受賞が日本に伝えられたときの第1報は、“『誰も知らない』の柳楽優弥がカンヌで日本人初の主演男優賞を史上最年少で受賞した”というもの。ここに誤解の生じる余地があった。カンヌが俳優に与える賞は男優賞と女優賞の2つで主演や助演の区別はない。また、日本人初の男優賞は正しいが、最年少というところに誤解がある。確かに男優賞としては最年少だが、クリス・メンゲスの『ワールド・アパート』でジョディ・メイが柳楽より1歳若い13歳で女優賞を受賞している。そして、肝心なことは、賞は実は柳楽ではなく、『誰も知らない』に与えられた賞だったということ。少なくともカンヌにいる私たちプレスは、このことを理解していた。ちなみに、この年の審査員長はクエンティン・タランティーノ、パルム・ドールはマイケル・ムーアの『華氏911』だった。

 映画祭の賞の中で、バランスをとるために最もしわ寄せを受けるのが俳優の賞である。最高賞(パルム・ドール)、監督賞、脚本賞は動かしようがないが、審査員に評判がよく、最後まで審査に残ったものの、他の賞が埋まってしまった場合に俳優に賞を与えることで埋め合わせることが多いし、『八日目』のダウン症の俳優パスカル・デュケンヌのように、話題作りに使われる場合もある。理由は何であれ、受賞は喜ぶべきことであって、文句を言ったり、悲しんだりする必要はないし、賞に押し潰されてしまうのも、ステップアップの手段にするのも、受賞者の心がけ次第である。

 監督デビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』で、いきなりパルム・ドールを受賞したスティーヴン・ソダーバーグは、その後しばらく低迷したし、スパイク・リーの『ジャングル・フィーバー』で前代未聞の助演男優賞(この年の特例で、以前も以後も助演賞はない)を獲ったサミュエル・L・ジャクソンは、受賞をきっかけに脇役から主演級の俳優へと見事にキャリアアップした。この賞はジャクソンというよりは、『ドゥ・ザ・ライト・シング』という傑作で無冠に終わったスパイクを、2作続けて手ぶらで帰すわけにはいかないというカンヌの配慮だったのだが。

 しかし、ソダーバーグは『アウト・オブ・サイト』で復活し、ジョージ・クルーニーと組んで「オーシャンズ」シリーズをヒットさせるのだし、柳楽優弥も子役として埋もれることなく、『ディストラクション・ベイビーズ』の暴力に生きる狂気の男を怪演するまでに成長した。才能が本物であれば、いつか頭角を現す。才能を本物にするのは本人の努力である。

 さて、今年はどんな映画が話題になり、どんな顔ぶれが幸運を掴むだろうか。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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