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何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『ハート・ロッカー』2017/03/24 UP 放送日時

戦争という麻薬に魅入られた男たち

 イラク戦争時の米軍の爆発物処理班の活躍を描いた『ハート・ロッカー』は、2010年のアカデミー賞6部門を制した戦争映画の傑作である。

 舞台は、ブッシュ大統領によるイラク戦争終結宣言後も、なお戦闘状態の続く2004年夏のバグダッド。ブラボー中隊の爆発物処理班の班長トンプソン二等軍曹(ガイ・ピアース)が殉職したため、新しい班長としてジェームズ一等軍曹(ジェレミー・レナー)が赴任してくる。有能な爆弾処理のベテランだが、安全対策のための手順を無視し、危険を顧みないジェームズは、サンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)、エルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)と軋轢を生じる。ある日、砂漠で賞金のかかったテロリストを護送中の民間軍事会社の傭兵たちに遭遇した際、協力して敵を撃退したことで班の仲間意識が深まるものの、仲良くしていたDVD売りの少年が巻き込まれた事件をきっかけに、ジェームズは任務を逸脱してまで危険にのめり込むようになっていく。

 脚本・製作のマーク・ボールは。2004年に記者としてバグダッドの爆発物処理班を取材したことがあり、その経験を元に脚本を書いた。原題の“Hurt Locker”とは、そのとき耳にした米兵の間で使われていた表現で、“絶対に陥りたくない困難な状況、棺桶”のこと。

 監督のキャスリン・ビグローは1951年生まれ。初めはアーティストとして出発したが、奨学金を得て、コロンビア大学で映画を学び、83年にウィレム・デフォー主演の『ラブレス』を共同監督、87年の『ニア・ダーク/月夜の出来事』で一本立ちした。その後、『ブルースティール』、『ハートブルー』など、女だてらに骨太なアクション映画を撮る監督として一目置かれていた彼女のブレイクスルーとなったのが本作だ。

 これまでのビグロー作品と『ハート・ロッカー』との一番大きな違いは何かといえば、それは予算だろう。製作費は約17億円で、戦争映画としても、普通のアメリカ映画としても、破格の安さである。前作『K―19』で興行的に失敗している彼女ゆえに、冒険出来なかったのかもしれない。そのため、撮影監督にケン・ローチ作品やポール・グリーングラス作品で知られるバリー・アクロイドを選び、まるでドキュメンタリーのように撮った。それが功を奏したと私は思う。もともとドラマ作りよりアクションの得意な監督だったから、心理描写を最小限にとどめて、爆弾処理のスリル、ギリギリするような緊張感をクローズアップし、ドキュメントした。それが彼女の上手さを引き出したと言えるだろう。

 もう1つのビグローの長所は男の趣味の良さにある(ただし実生活は除く)。男性監督の方が新人女優に目をつけるのが上手いように、女性監督の方が男優の才能に気づくのが上手い。キアヌ・リーヴスを『スピード』より前に『ハートブルー』でアクション俳優にしたのは彼女だし、『ストレンジ・デイズ』のトム・サイズモア、マイケル・ウィンコット、ヴィンセント・ドノフリオ、ウィリアム・フィクトナーという曲者俳優の顔ぶれは、ほとんど趣味の域である。『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェイソン・クラーク、ジョエル・エドガートン、マーク・ストロング、エドガー・ラミレス、(ダイエットする前の)クリス・プラットも、さすがというほかない。

 『ハート・ロッカー』では、もちろん主演のジェレミー・レナーだ。本作でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、大ブレイクした。まさかレナーとアンソニー・マッキーが、この後ホークアイとファルコンというアベンジャーズの一員になって大活躍しようとは、誰も思わなかったろう。また、ゲスト出演のガイ・ピアース、レイフ・ファインズ、デヴィッド・モースも、それぞれいい味を出している。特にモースは短い出番ながら、戦場の狂気を感じさせる怪演だ。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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