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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『アナザー・カントリー』2016/11/04 UP 放送日時

理想の国はどこにある?−ここではない、どこかに。

 85年に日本公開された『アナザー・カントリー』は、のちの『モーリス』や『眺めのいい部屋』と合わせてイギリス美少年耽美映画に組み入れられ、同列で語られることが多い。確かにヒットした要素はその線だが、実はイギリスの支配階級の暗部を暴く社会派映画であり、またスパイ映画好きにも必見の映画である。

 1983年モスクワ。二重スパイであることが発覚してソ連に亡命したガイ・ベネット(ルパート・エヴェレット)に女性ジャーナリストがインタビューに来る。ベネットはスパイ活動の内容には触れずに、学生時代の思い出を語り始める。

 1930年初めのイギリスの名門パブリック・スクール。同性愛を公言しているベネットと共産主義者のジャド(コリン・ファース)は異端者同士で仲が良い。実はベネットはジャドに親友以上の思いを抱いているのだが、その思いを伝えられずに、今は他寮の学生ハーコート(ケイリー・エルウィス)に熱を上げている。インテリで皮肉屋のベネットだが、上流階級の一員らしく、将来は外交官になり、フランス大使になって勲章をもらうという人生を漠然と考えていて、そのためにはどうしても寮の代表に選出されたいと思っていた。ところが、下級生同士が密会しているところを舎監の教師に発見され、退学になるのを苦にして一人が自殺するという事件が起き、醜聞を気にした家族が幹事の生徒を中退させるという噂が流れる。自分を支持する幹事が少なくなると代表に選ばれる可能性がなくなる。ベネットはジャドに幹事になってもらいたいが、支配階級を認めないジャドは興味を示さない。そこで、軍事教練で、わざとヘマをして笑いものになるから、その代わりに幹事になってくれと頼み込む…。

 原作は、グレゴリー・ペック主演のサスペンス映画『アラベスク』や、TVシリーズ<モース警部>の脚本で知られるジュリアン・ミッチェルの戯曲。アイデアの基になったのは1950年代に発覚し、世界を揺るがせたケンブリッジ大学出身者5人“ケンブリッジ・ファイヴ”による二重スパイ事件で、“ファイヴ”の1人ガイ・バージェスをモデルに、イギリス上流階級の特権的なエリートたちがなぜ共産主義に傾倒していったかを、エリートの教育機関である全寮制パブリック・スクールを批判的に描くことで解明する。ちなみに、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』で暗号解読チームに加わったジョン・ケアンクロス(アレン・リーチが演じた役)も“ファイヴ”の一人と言われている。

 舞台の初演は1981年で、ベネットをルパート・エヴェレット、ジャドをケネス・ブラナーが演じた。82年にウェスト・エンドに進出する際にベネットがダニエル・デイ=ルイスに代わり、83年にコリン・ファースに代わった。エヴェレット、ブラナー、デイ=ルイス、ファースという今の英国を代表する名優を輩出した名舞台ともいえる。

 モデルになったパブリック・スクールは、数々の首相や著名人を輩出している名門中の名門イートン校に、原作者ミッチェルが卒業したウィンチェスター校を加味。“パブリック”というのは、職業や身分に制限されていた中世の学校に対して、身分に縛られない、一般に開かれた学校という意味のパブリックで、公立ではなく私立校である。学費は高額で、富裕な上流階級の13歳から18歳までの生徒が全寮生活をする。各寮は、教師が住み込んで生徒を監督する舎監がいるほかは、寮生の自治に任され、各寮のトップである代表(戯曲ではTwenty Two、通称“God(神)”)になることは特権階級のトップに君臨する意味を持つ。

 『アナザー・カントリー』が描くのは、まさにイギリス支配階級の縮図のような寮生活である。所属ごとに色や柄が決められたウェストコート(チョッキ)の着用が認められ、まるで貴族のようにふるまう特権階級の上級生たちがいる一方で、こまごまとした用事を言いつけられ、奴隷のように働かされる下級生がいる。特権を得るために権謀術数が張り巡らされ、政治家顔負けのパワーゲームが繰り広げられるが、表向きは同性愛も虐待も何事もなかったようにふるまう。これが国を裏切る二重スパイを生んだエリート校の実態である、と。

 ケンブリッジ・ファイヴ事件はスパイ小説と映画の世界に大きな影響を残した。『アナザー・カントリー』もその1つだが、ジョン・ル・カレのスパイ小説の中でさえない初老の情報部員ジョージ・スマイリーを主人公にした一連の作品は、ル・カレが在籍した頃の、事件で深く傷ついたイギリス情報局を舞台にしている。最新映画化作で、スマイリーをゲイリー・オールドマンが演じた『裏切りのサーカス』(原作は<ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ>)を見ると、『アナザー・カントリー』の青年たちのその後が分かって、映画を立体的に楽しむことが出来るだろう。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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