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『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』2016/09/09 UP 放送日時

世界で最も有名な暗号を解読した天才数学者の悲劇

 『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』は2015年のアカデミー賞8部門にノミネートし、男優賞候補となった主演のベネディクト・カンバーバッチを一躍、演技派スターとして認知させた作品だ。映画のテーマは解読不可能といわれた暗号“エニグマ”の解読、ではなく、エニグマを解いた天才数学者アラン・チューリングの悲劇的人生である。

 1951年、アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)の家に何者かが侵入し、マンチェスター警察のロバート・ノック刑事(ローリー・キニア)が捜査に来る。刑事は、何も盗られていないと主張するチューリングに不審なものを感じ、彼を呼び出して取り調べることにする。1939年、イギリスがドイツに宣戦布告した翌日、ブレッチリー無線機器製造所の名の下、極秘でドイツの暗号解読を進めていた暗号センターの長官デニストン海軍中佐(チャールズ・ダンス)を一人の男が訪ねてくる。それがケンブリッジ大学の若き天才数学者アラン・チューリングだった。彼はチェスのチャンピオン、ヒュー・アレグザンダー(マシュー・グード)を長とする解読チームの一員として解読作業に加わることになる。チューリングはエニグマという機械に対抗するには機械しかないと、暗号解読機を設計するが、その制作には莫大な資金が必要だった。チューリングはチャーチル首相に直訴する手紙をMI6のミンギス(マーク・ストロング)に託し、それが通ってチームの責任者に任命されるが、ますます仲間から孤立してしまう。それを救ったのが、難解なクロスワードパズルを解いて、新たにチームに加わることになったジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)だった。彼女のおかげで仲間と打ち解け、チームが少しずつまとまり始めるなか、ついに解読機が完成する。しかし、解読のための計算量が膨大すぎてドイツ軍の暗号のセッティング変更に追いつかない。腹をたてたデニストン中佐は、解読機を破壊し、チューリングをクビにするよう命じるが、その前に立ちはだかったのはチームの仲間たちだった…。

 エニグマとその解読は軍の最高機密だったため、ブレッチリー・パークの暗号センターのことは、戦中はもちろん、戦後しばらくの間、極秘にされていた。そのため、チューリングの功績が秘匿され、刑事にソ連のスパイに間違われるような不幸な出来事が起こることになる(1951年に発覚したケンブリッジ卒業生によるスパイ集団“ケンブリッジ・ファイヴ”の一人が、暗号チームの一員で、チューリングがソ連のスパイと見破るジョン・ケアンクロスだ)。しかし、テクノロジーの進歩でエニグマが過去のものとなるにつれ、次第にブレッチリー・パークの存在が知られるようになり、エニグマとその解読が格好のスパイ小説の題材になっていく。

 私が最初にエニグマを見た映画は1963年の『007/ロシアより愛をこめて』で、世界で最も有名なスパイ、ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)が、右手で美しいロシアのスパイ(ダニエラ・ビアンキ)、左手でタイプライターのような箱を持って逃げる場面だった(左右逆かも)。のちに、その箱こそが世界で最も有名な暗号機エニグマだと知った。さすが原作者イアン・フレミングが本物のスパイだったことはある。2001年にはマイケル・アプテッドがブレッチリー・パークを舞台にした『エニグマ』という、そのものずばりの映画を撮っている。この映画でダグレイ・スコットが演じたトム・ジェリコという数学者のモデルがアラン・チューリングである。

 『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』の優れたところは、エニグマの解読をテーマにするのではなく、解読の過程そのものにアラン・チューリングの悲劇的人生を織り込んだところにある。率直で嘘がつけず、人付き合いが悪く、孤独な天才数学者で同性愛者のチューリング役をカンバーバッチは入魂の演技で魅せる。この演技でアカデミー主演男優賞が獲れなかったのは不思議としか言いようがない(『博士と彼女のセオリー』で天才物理学者ホーキング博士を演じたエディ・レッドメインが対抗馬だったのが不運だろう)。

 最後に一言。アラン・チューリングの輝かしい経歴が悲劇で終わることになったのは、同性愛を犯罪とするイギリスの法律による。イギリスで同性愛が犯罪でなくなるのは1967年のことだ。その間、ブレッチリー・パークの存在とチューリングの貢献が公になるにつれ、徐々に名誉回復が行われたが、チューリングの罪が正式に恩赦されたのは2013年12月のことだった。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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