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『クリムゾン・タイド』2015/10/09 UP 放送日時

潜水艦という密室空間で起こる緊迫のサスペンス

 『クリムゾン・タイド』は、『トップガン』で戦闘機、『デイズ・オブ・サンダー』でストック・カー、監督としての遺作となった『アンストッパブル』で機関車と、意外に乗り物好きだったトニー・スコットが潜水艦を舞台に作ったサスペンス映画だ。主演はデンゼル・ワシントンとジーン・ハックマン。有名になる前のヴィゴ・モーテンセンやジェームズ・ガンドルフィーニが脇を固めている。95年公開ながら、映画が描いた一触即発の政治危機は現在でもまだ続いており、面白さは少しも古びていない。

 舞台はソ連崩壊後、東西の対立が崩れた時代。チェチェン紛争への介入をめぐってロシアの急進右派が西側諸国と対立、反乱軍を組織して極東の核ミサイル基地を抑え、アメリカ本土を標的として核ミサイルを発射しようとしているという情報が入る。緊張が高まる中、極東近海へ派遣された原子力潜水艦アラバマに核ミサイル発射命令が出される。ところが、発射準備中に敵艦と遭遇、さらに深海へ潜ったせいで、第2の命令の途中で通信が途切れてしまう。艦長のラムジー大佐(ジーン・ハックマン)は最初の命令通りに核ミサイルを発射しようとするが、新任の副官ハンター少佐(デンゼル・ワシントン)は、核ミサイルを発射すれば核戦争が起きてしまう。それを避けるためにも第2の命令が判読できるまで発射を保留しようとして艦長と対立、ついには艦内を二分した争いに発展していく。

 “クリムゾン・タイド”とは“深紅の潮流”という意味。レッド、クリムゾンといった赤系統の色は“ソ連”や“共産主義”の暗示で、つまりは“共産主義の脅威”という意味が込められている。この作品の5年前にショーン・コネリーがソ連の原潜艦長を演じて大ヒットした『レッド・オクトーバーを追え!』にあやかると共に、観客が内容を想像しやすい題名である。

 その『レッド・オクトーバーを追え!』を始め、映画の中で話題に出て来る『眼下の敵』や『深く静かに潜航せよ』、『U・ボート』など、潜水艦を舞台にした映画には秀作が多い。潜水艦は海中で隠密裏に行動することを特徴とするので、必然的に密室劇、心理劇となる。そのため、登場人物のキャラクターと彼らの心理状態がきちんと書き込まれていないと成立しないので、脚本の精度が高くなるのだ。

 『クリムゾン・タイド』では艦長と副官の対比が秀逸だ。艦長のラムジー大佐は実戦経験があるタカ派、規則を無視して艦内に愛犬を連れ込むほどワンマンだが、それが許されるほど能力を認められているし、部下の信任も厚い。一方、副官のハンター少佐は士官学校を出てハーバード大に学んだエリートで理論家のハト派。潜水艦勤務は初めてで、味方は誰もいない。これをはまり役のジーン・ハックマンとデンゼル・ワシントンが丁々発止の演技で見せる。特に目の動きや顔の筋肉の動きで艦長の心理を浮き彫りにしてみせるハックマンの演技は、アカデミー助演男優賞の『許されざる者』に勝るとも劣らない。

 私が面白いと思ったのは、艦長命令が絶対ではなく、核ミサイル発射には艦長と副官の合意が必要で、その合意違反を盾に、副官が艦長を拘束できるところだ。上官の命令が絶対の軍隊でも、最終手段の行使には安全装置的な手続きを残しておくという考え方が面白い。それに乗組員全員が艦長側につくわけではなく、COB(艦長補佐)役のジョージ・ズンザが、命令の正当性から副官を支持するところに、アメリカの軍隊における正義のあり方を見た(もっとも、全員が艦長側だったらドラマにならないのだけれど)。実際には、最初の命令を実行する艦長も、第2の命令を確認しようとする副官も、軍規上は正しいのだそうで、ここは現在につながる問題提起になっている。

 とはいえ、さすがエンターテイナーのトニー・スコットだけあって、テーマはテーマとして押さえながらも、深刻な心理劇にはせずに、きちんとアクション映画に仕立てている。潜水艦は狭いし、密室空間が耐えられないという人もいるだろうが、いい意味で重苦しさを感じさせない、通気のいい映画になっていて、緊張せずに楽しめる。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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