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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『愛、アムール』2015/05/22 UP 放送日時

ミヒャエル・ハネケが描く究極の愛とは何か?

 『愛、アムール』は2012年のカンヌ映画祭で監督のミヒャエル・ハネケに見事2つめのパルム・ドールをもたらした名作である。

 ストーリーはシンプルだ。引退した音楽教師ジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)は、娘エヴァ(イザベル・ユペール)もうらやむ仲むつまじい夫婦だ。ところが、教え子の演奏会を二人で聴きに行った夜、アンヌに異変が起こる。血栓を取る手術は失敗、半身不随になって退院したアンヌは、何があっても二度と病院に戻さないとジョルジュに約束させ、こうして二人だけの介護生活が始まる。が、アンヌの状態は次第に悪化していき、ジョルジュの手に負えなくなっていく…。

 ミヒャエル・ハネケは1997年にカンヌのコンペに初登場した『ファニーゲーム』の暴力描写で度肝を抜いた人である。以来、人間の醜さ、不可解さをテーマに次々に作品を発表。2009年に、封建制度の崩壊後、全体主義に向かう時代の暗さを描いた『白いリボン』で念願のパルム・ドールを受賞した。その彼が、そのものずばりの“愛”というタイトルで映画を撮ったのには正直びっくりした。が、案の定、出来上がった作品はピリピリするような辛さと苦さに満ちた、一筋縄ではいかない“愛”の映画だった。

 ハネケの映画は、人それぞれ、さまざまな理解の仕方が可能だが、『愛、アムール』は単なる老老介護の映画ではなく、愛とは何かを問い直す映画だと私は思う。舞台演出家としても定評のあるハネケは、“愛”の舞台を老夫婦の暮らす室内のみに設定する。少し古びた、クラシックなパリのアパルトマンは、音楽家夫婦らしい趣味のいい調度品や書棚に囲まれ、グランドピアノが置かれた広間や、慎ましい台所、夫婦の寝室がある。映画は、この二人だけの空間が荒々しく破られるところから始まり、闖入者を外に出して完全な密室となって終わるのだが、その間で描かれるのは、愛とは何かをめぐる闘いなのである。仲むつまじい夫婦の一方がハンデを追うことによって、それまで平等だった関係に上下ができ、対等の愛情関係が崩れ去る。そこから妻と夫は肉体と感情のパワーゲームを続けながら、二人だけの愛の形を再構築するのである。

 “二度と病院に戻らない”、“人生は長すぎる”など、妻からの意思表示をさりげなく配し、“嫌いな食べ物を拒否した”サマーキャンプの思い出を語るうちに、嫌なことを続けることの無意味さに気づいた夫が究極の選択に到るクライマックスへの流れが自然で素晴らしい。愛とは何か? 老いとは? 介護とは?など、説教臭くなりがちな描写を避け、すべてをありふれた日常として描きながら、悪夢や幻影を使って密室をシュールな空間に変える手腕もさすがである。

 夫役のジャン=ルイ・トランティニャンは1930年生まれの現在84歳。アヌーク・エーメと共演したパルム・ドール受賞作『男と女』で有名だが、交通事故で足を悪くして以来、活躍の場を舞台に移していて、『愛、アムール』は久々の映画出演だった。妻役のエマニュエル・リヴァは1927年生まれの現在88歳。岡田英次と共演したアラン・レネ監督マルグリット・デュラス脚本の『二十四時間の情事(ヒロシマ・モナムール)』で有名なフランスの名女優で、『愛、アムール』では、役になりきるために撮影中はアパルトマンのセットに泊まり込み、一歩も外に出なかったという根性の人でもある。

 娘役のイザベル・ユペールは2001年に『ピアニスト』でカンヌの女優賞を受賞したハネケの常連。娘の夫役ウィリアム・シーメルはアッバス・キアロスタミの『トスカーナの贋作』にも主演していたが本職はオペラ歌手。妻の教え子を演じたアレクサンドル・タローは演技が上手くて驚くが、本物のピアニストである。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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