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何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『アンストッパブル』2015/04/10 UP 放送日時

名職人監督トニー・スコットが遺したスリル満点のパニック映画

 ジャンルで言うなら“乗り物パニックもの”。最近は飛行機を舞台とするパニック映画が多いが、今回は鉄道。それも『オリエント急行殺人事件』や『007/ロシアより愛をこめて』に登場する豪華コンパートメントの国際列車ではなく、地味な貨物列車が舞台だ。停止不可能(アンストッパブル)というタイトルそのまま、誰にも止められなくなった暴走機関車を2人の男が命を賭けて停止させるまでを描いたアクション映画である。

 ストーリーは“暴走した機関車を停めるまで”と非常にシンプルだが、それを複数の軸を交差させて描いているところに映画の深みがある。主軸となるのは勤続28年の機関士フランク(デンゼル・ワシントン)と車掌ウィル(クリス・パイン)のベテラン対新人の対立だ。そこに現場と経営側の対立軸が交差する。経営側を代表するのが本社の運行部長ガルビン(ケヴィン・ダン)である。それぞれの軸に重なる形で男性対女性というジェンダーの対立を配し、中央に女性操作場長コニー(ロザリオ・ドーソン)、対立を超越する位置に連邦鉄道局の監査官ワーナー(ケヴィン・コリガン)を置き、ストーリーが進むにつれて主人公2人の対立は解消し、一丸となってクライマックスになだれこんでいく。ハリウッドの脚本構築の上手さにうなるところだ。

 暴走のきっかけは“機関車は遅い”という常識を逆手にとって起こる。機関士が追いつけば、すぐにも停められそうに見えた機関車が、次第に“ビースト”(野獣)という名にふさわしい危険な暴走列車に変身する。監督のトニー・スコットはテンポのいい切り返しを使って、野獣と化した機関車の危険性を様々な角度で描き出していく。レールの上という限定された場所をダイナミックに捉えようとする工夫がすばらしく、特に空撮でとらえたペンシルヴェニアという土地柄が映画に広がりを持たせている。

 主演のデンゼル・ワシントンは、『クリムゾン・タイド』、『デジャヴ』でトニー・スコットと組み、これが3本目。『クリムゾン・タイド』では老艦長ジーン・ハックマンに対立する新任の副長役だったことを思うと隔世の感がある。特に初登場の場面で老眼鏡をかけているところなど、ひとしおである。対するクリス・パインは俳優一家の生まれで、今年35歳。『プリティ・プリンセス2/ロイヤル・ウェディング』でアン・ハサウェイの相手役として映画デビューし、J・J・エイブラムズ版『スター・トレック』でカーク船長役に抜擢され、以後、順調にキャリアをのばしてきた。最新作は『イントゥ・ザ・ウッズ』のシンデレラの王子役である。

 監督は2012年に衝撃的にこの世を去ったトニー・スコットで、この作品が監督としての遺作となった。兄リドリーが『エイリアン』、『ブレードランナー』、『ブラック・レイン』と、早くから華々しく活躍したのに比べ、弟トニーは『トップガン』でメガヒットを飛ばすものの、どちらかといえば彼よりトム・クルーズの方に注目が集まった感があるし、『トゥルー・ロマンス』にいたっては脚本のクエンティン・タランティーノの方が目立っていた。けれども『デイズ・オブ・サンダー』では再びトム・クルーズと組み、『ビバリーヒルズ・コップ2』ではエディ・マーフィ、『エネミー・オブ・アメリカ』ではウィル・スミスというように、マネーメイキングスター主演の娯楽映画を手堅くヒットさせてきた。面白い映画を作るという点では、ときにナルシズムに流れるきらいのある兄よりずっと上で、知る人ぞ知る職人監督だった。この映画を撮っているときには、まさか自分の遺作となるとは思わなかっただろう。見ていると、ごく普通に撮っていて、しかも細部まで手を抜いていないところにスコットの職人魂を感じる。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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