知って得する!

映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
あなたに効くエピソードや解説を処方します!
用法用量を守って正しくお使いください。

142
『戦場にかける橋』2014/08/15 UP 放送日時

戦争のマッドネス。

『戦場にかける橋』は、英国の名匠デヴィッド・リーンによるアカデミー賞7部門を制した映画史に残る名作で、リーンにとっては『アラビアのロレンス』、『ドクトル・ジバゴ』と続くシネマスコープ大作シリーズの出発点となった作品である。

 舞台は第二次大戦中のタイとビルマの国境近くにある日本軍の捕虜収容所。そこにニコルソン大佐(アレック・ギネス)率いる英軍捕虜の一行がクワイ川にかける橋を建設するために移送されてくる。ニコルソン大佐はいかなる場合でも軍規と規律を守ることを至上の掟とする根っからの職業軍人で、橋を完成するためには将校まで働かせようとする斎藤大佐と激しく対立する。結局、斎藤大佐が折れるが、建設現場を視察したニコルソン大佐は、一転、ゆるんだ兵士の規律を立て直すために積極的に橋の建設に関わろうとする。一方、収容所を脱走し、やっとセイロンに逃げのびたシアーズ中佐(ウィリアム・ホールデン)は、英軍特殊部隊のウォーデン少佐(ジャック・ホーキンス)から、クワイ川の橋を爆破する秘密作戦に道案内として加わるよう求められる…。

 原作はピエール・ブールの小説。ブールはフランス人で、第二次大戦を仏領インドシナで迎え、自由フランス軍の工作員として抗日レジスタンス運動を支援した。小説<戦場にかける橋>は彼の経験を元に書かれたと言われているが、ブールの戦時中の活動には謎が多く、日本軍の捕虜収容所には入らなかったという説もある。ちなみに彼は『猿の惑星』の原作者でもある。

 泰緬鉄道建設については、今年4月に公開された『レイルウェイ 運命の旅路』の方が詳しく正確に描いているだろう。『戦場にかける橋』はこの鉄道を有名にしたけれども、リーンが映画で描こうとしたのは、戦場でも橋でも捕虜収容所でも戦争犯罪でもなく、“マッドネス”、狂気だった。それを体現したのがアレック・ギネス演じるニコルソン大佐である。

 40年近くを軍隊で過ごしたニコルソン大佐は、軍規と規律を守ることを信条とする骨の髄まで軍人で、そのためなら“オーブン”と呼ばれる灼熱の牢獄にも入ることもいとわず、部下には収容所からの脱走を禁止し、規律を高めるとわかれば架橋工事さえ積極的に引き受ける。すべてが規律正しく進むようになると、さらに深く橋造りにのめり込み、将校ばかりか病人さえも作業に狩り出し、橋を完成させようとする。こうして彼のマッドネスの結晶と化した橋は、戦争というさらに大きなマッドネスに巻き込まれ、無残に破壊されてしまうのである。

 リーンは次作の『アラビアのロレンス』でもT・E・ロレンスを主人公に戦争のマッドネスを描いているが、テーマとしてのまとまりは『戦場にかける橋』の方が上のような気がする(もちろん、『アラビアのロレンス』にはそれ以上の付加的な要素が多いのだが)。シネマスコープの画面を生かした演出、撮影が素晴らしい。

 主演のアレック・ギネスは『スター・ウォーズ』のオビ=ワン・ケノービ役で知られる英国を代表する名優で、この役でアカデミー賞主演男優賞を受賞、80年にアカデミー名誉賞を受賞した。むしろ日本の映画ファンに一番馴染みが薄いのが斎藤大佐役の早川雪洲だろう。1915年の『チート』でアメリカ女性のセックスシンボルとなった無声映画時代のスーパースターで、背が低かったので女優とのツーショットを撮影するときは踏み台に乗ったため、踏み台に乗ることを“セッシューする”と言うようになったという嘘のような本当の話がハリウッドに残っている。世界を股に掛けた長いキャリアの中で、『戦場にかける橋』が雪洲にとって唯一のアカデミー賞ノミネート(助演男優賞)だったが、受賞には至らなかった。1960年に日本人として初めてハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに選ばれ、ヴァイン通り1645番地の歩道に彼の名の星が埋め込まれた。おそらく今の渡辺謙より何十倍何百倍も人気があったろう、ハリウッドで大活躍した日本人俳優のパイオニアである。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

メルマガ限定コラムもチェック!

ここでしか読めないコラムを毎月お届け。

最新のコラム

コラム一覧

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年