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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『預言者』2014/07/18 UP 放送日時

フランス製ハードボイルド映画の叙情を楽しむ

 フランス映画には昔からフィルム・ノワール(犯罪映画)の伝統があって、いつの時代にも必ず優れた映画作家が出現する。私のご贔屓は、昔ならジャン=ピエール・メルヴィル、少し前はアラン・コルノー、今なら断然ジャック・オディアールだ。『預言者』は2009年のカンヌ映画祭でグランプリを受賞した秀作で、オディアール入門としてもフランスのフィルム・ノワール入門としても最適の1本である。

 主人公は19歳のアラブ人青年マリク(タハール・ラヒム)。何度も事件を起こしたらしい彼は、ついに重罪犯専門の中央刑務所送りになる。重量級のワルばかりの中で、後ろだてのない、ひ弱な彼が生き抜いていけるのか。さっそく同性愛者のレイェブ(ヒシャーム・ヤクビ)に目を付けられるが、そのことが刑務所を牛耳るコルシカ・マフィアのボス、セザール(ニルス・アレストリュプ)の注意を引き、レイェブを殺すよう命令される。逆らえば命はない。こうしてマリクはレイェブを殺し、コルシカ・マフィアの手下として働くことになるのだが…。

 ストーリーを簡単に言えば、読み書きもできない孤独な青年が、刑務所の中で様々な知恵を身につけながら、やがては父親代わりだったボスを凌駕する存在にのしあがっていくという一種の成長物語である。オディアールが特に優れているのは叙情的な描写にある。犯罪映画といえばハードボイルドだが、甘くない、乾いた叙情はフランス製フィルム・ノワールの特徴でもあり、そこがクールなタフガイとスリリングなアクションを得意とするハリウッドとの違いだろう。私が好きなのは、仮出所を利用してマルセイユに行ったマリクが、浜辺の海水に足を浸す場面だ。刑務所に戻ったマリクの靴から砂が流れ落ちてくる。外の世界への希求をこれほど見事に示した描写はない。

 題名の“預言者”とは“神の言葉を代弁する者”のこと。二義的に“未来を予言する者”という意味もある。映画の中でマリクが未来を予言し、“お前は預言者か”と言われる場面が出て来るが、オディアールはマリクのキャラクターをはっきり“預言者”と特定して描いている。コルシカ、アラブ、アフリカがしのぎを削る刑務所という社会で、対立する者たちを調停する“預言者”として頭角を現す設定は特にそうだ。

 ジャック・オディアールの監督デビュー作『天使が隣で眠る夜』が東京国際映画祭京都大会で上映されたとき、来日した彼にインタビューしたことがある。オディアールの父ミシェルは高名な台詞作家だった。台詞作家というのは脚本の中の台詞だけを書く、フランス映画に特有の職業で、ミシェル・オディアールはジャン・ギャバンやリノ・ヴァンチュラといった大スターの台詞を専門に担当し、脚本家より名の通った有名人だった。息子のジャックはそんな父に反発し、意図的に映画界から離れようとした。だが、女友だちの薦めで映画編集のアルバイトをしたことがきっかけで、映画の世界に引き戻され、脚本家を経て映画監督となった経緯がある。

 監督デビュー作の『天使が隣で眠る夜』や『真夜中のピアニスト』といった作品を見ると、そんな経歴を彷彿とさせる父子の葛藤が下敷きになっているのがわかる。『預言者』のセザールとマリクの疑似父子関係も同じで、裏にミシェル&ジャックの父子関係がほの見えるのだが、『預言者』のマリクは『真夜中のピアニスト』のロマン・デュリスと違い、積極的に父ニルス・アレストリュプを乗り越えていく。そういえばジャックは3年後に亡くなった父の歳を超える。息子はいつまでも息子ではないのだ。

 ジャック・オディアールの映画はいつもキャスティングにうならされるのだが、マレク役に大抜擢されたタハール・ラヒムは期待に応えて大きく成長し、この後ケヴィン・マクドナルドの『第九軍団のワシ』、ロウ・イエの『パリ、ただよう花』、アスガー・ファルハディの『ある過去の行方』に主演し、国際的に大活躍中である。ちなみに、癌で死ぬマレクの兄貴分の妻を演じたレイラ・ベクティと2010年に結婚した。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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