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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『ミッドナイト・イン・パリ』2014/02/28 UP 放送日時

ウッディ・アレンによる文学的パリ案内

ウディ・アレンといえばニューヨークと切っても切れない作家だけれど、最近は『恋のロンドン狂想曲』、『それでも恋するバルセロナ』、『ローマでアモーレ』など、ヨーロッパを舞台にした作品が多い。なかでも『ミッドナイト・イン・パリ』は、パリを舞台にした、ウディ・アレン版文学案内と言うべき、楽しい作品である。

主人公は売れっ子脚本家ギル(オーウェン・ウィルソン)。今の仕事に満足できず、小説家に転向すべく処女小説を執筆中だ。そんな彼が、婚約者のイネズ(レイチェル・マクアダムス)の父親の出張に便乗し、憧れのパリにやってくる。ところが、パリでイネズの旧友ポール(マイケル・シーン)と偶然出会い、一緒に観光に行くはめに。が、何でも通ぶるポールにギルは面白くない。ワインの試飲会の後、一人で散歩に出かけたものの、道に迷ったギルの前に、深夜1台のクラシックカーが現れ、彼を乗せて見知らぬ屋敷のパーティへ。すると、そこはギルが憧れてやまない1920年代のパリだった…。

パリの名所が次々に映し出されるオープニング場面が、まるで絵葉書のような色調になっていることから分かるように、『ミッドナイト・イン・パリ』で描かれるパリは、現実のパリではなく、絵葉書のように美しいパリ、皆が憧れる芸術の都パリである。もちろん、これはタイムスリップという非現実的な仕掛けの伏線ではあるけれど、アメリカ人がパリに抱く幻想やノスタルジーを効果的に表現するための手法でもあり、このちょっとした絵葉書感がフィクションとしての楽しさにつながっている。

『ミッドナイト・イン・パリ』では、現在の観光地としてのパリと、ギルが憧れる1920年代のパリが重層的に描かれていく。

まず、現在のパリとしては、ギルたちが泊まるブリストルとワインの試飲会が開かれるル・ムーリスという2軒の超高級ホテルが登場する。そして観光に行くベルサイユ宮殿、サルコジ元大統領夫人カルラ・ブルーニがガイド役で登場するロダン美術館、睡蓮の絵を見に行くオランジュリー美術館、モンマルトルのテルトル広場(レア・セドゥが売り子をしているアンティーク店がある)などなど、すべて現地ロケという懲りようだ(ゆえにガイドブック的な印象が強く残る)。

続いて、ギルの憧れる1920年代のパリで超有名人が続々登場する。まず作曲家のコール・ポーター(ポーターを知らない人はケヴィン・クラインが本人を演じた映画『五線譜のラブレター』を参照)、<グレート・ギャツビー>の作者F・スコット・フィッツジェラルドと悪名高い妻ゼルダ、アーネスト・ヘミングウェイ(名作多数、孫がマーゴ&マリエル・ヘミングウェイ姉妹)、ガートルード・スタインなどなど。スタインは日本では比較的知名度が低いが、パリ在住の作家で、自宅をサロンに開放し、多くのアーティスト、詩人が集った。ギルが訪れるシェークスピア書店の創設者でもある。ちなみに1920年代の作家を“ロストジェネレーション”と呼ぶのはスタインがヘミングウェイに言った言葉に由来する。 

さらに、アレンは1920年代からベル・エポック(19世紀末)のパリにタイムスリップし(ゴーギャン、ドガ、ロートレックら印象派の画家が続々登場)、“憧れ”の正体をちょっぴり辛口で描いてはいるけれど、ロマンティストの夢想家ギルの最終的な選択を祝福するような明るい幕切れには、同じ夢想家としてのアレンの本音が吐露されている気がした。ウディ・アレン映画にしては苦みが薄いのは、パリの持つ華やかな魅力があまりに大きいせいかもしれない。彼のファンだけでなく、パリ好き、アメリカ文学好きに必見の1本だ。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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