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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『理由なき反抗』2013/09/27 UP 放送日時

ジェームズ・ディーンの命日に、不世出の俳優を偲ぶ。

マリリン・モンローと並ぶハリウッドのアイコン、ジェームズ・ディーン。彼が亡くなって早58年。9月30日は彼の命日なので、彼の映画を見て、彗星のように映画界を駆け抜けたこの不世出の俳優を偲ぼう。

ジェームズ・ディーンの24年という短すぎる生涯で、主演した映画はわずか3本。エリア・カザン監督の『エデンの東』、ニコラス・レイ監督の『理由なき反抗』、そして遺作となったジョージ・スティーヴンス監督の『ジャイアンツ』である。が、『ジャイアンツ』は撮影直後のディーンの死によって、彼の名にからめて語られることの多い映画ではあるけれど、主演はあくまでロック・ハドソンとエリザベス・テイラーである。

つまり、ディーンが主演した映画は『エデンの東』と『理由なき反抗』しかなく、その2本で演じたのは、ともに親の理解が得られずに孤立し、反抗する青年、いわば青春の代名詞のようなキャラクターだった。それが、永遠の青春スターというアイコンを確立するのに役立ったことは間違いない。

『理由なき反抗』は、近年ますます名声が高まっているニコラス・レイの原案・監督。ディーンが演じるのは17歳の高校生ジム。ある夜、酔って道路に寝ているところを補導され、警察署に連れられてくるところから物語が始まる。ジムは前に住んでいた町で問題を起こし、この町に越してきたところだ。家庭内に問題があり、思わず反抗的な行動をとってしまうが、根は優しい好青年である。その夜、同じ警察署内には親の愛情を得られない娘ジュディ(ナタリー・ウッド)と、不在がちな母親の代わりにメイドに面倒をみてもらっている少年“プラトー”ことジョン(サル・ミネオ)がいた。転校した高校で、ジュディとジョンに再会したジムは、ジュディが付き合っている不良グループのボス、バズ(コーリー・アレン)に睨まれる。バズとの対立は、ナイフを使った決闘から、崖に向かって車を疾走させる“チキン・レース”へとエスカレートし、ついには人が死ぬ事故を引き起こしてしまう…。

青春映画の古典とも言うべき傑作で、今さら何も付け加えるべきことはないが、この映画をジェームズ・ディーンの映画ではなく、ニコラス・レイ作品として見ると、『夜の人々』から『孤独な場所で』や『危険な場所で』などで、レイが繰り返し描いた社会と相容れないアウトサイダーをテーマにした、もう1本との作品として、新たな発見が出来るかもしれない。

課外授業でプラネタリウムに行く場面や、チキン・レースの場面など、名場面が数々ある。プラネタリウムの撮影に使われたのはロサンゼルスのグリフィス天文台で、映画の大ヒットのおかげで観光名所となり、ジェームズ・ディーンの銅像が立てられている。当時ナタリー・ウッドと付き合っていた若きデニス・ホッパーが不良グループの1人として顔を出しているので、探してみると面白いだろう。

ジェームズ・ディーンは1956年9月30日午後5時59分、シルバーのポルシェ550を運転してカリフォルニア州サリナスのレース場へ向かう途中、コレーム近郊の州道の分岐点で、横から来た学生の車と衝突、即死した。事故後、現場にモニュメントが立てられている。ちなみに、この事故はデヴィッド・クローネンバーグが『クラッシュ』の中で完全再現している。主演のディーン、ナタリー・ウッド(81年にヨットから転落死)、サル・ミネオ(76年に強盗に刺殺)の3人が揃って非業の死を遂げたことを考えると、なにやら因縁めいて思える。青春とは、かくも儚く、儚いがゆえに悲しく、美しいものである。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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