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「ザ・エージェント」2012/09/14 UP 放送日時

トム・クルーズとアメリカン・ドリームの行方

『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』でドバイの高層ビルの壁を駆け下りたと思ったら、ブロードウェイ・ミュージカルを映画化した新作『ロック・オブ・エイジズ』で女達を虜にするカリスマ・ロック歌手を演じたトム・クルーズ。今年50歳を迎えた彼なのに、実年齢もスターとしての限界も超えた活躍を見ていると、いったいトム・クルーズという人はどこまでやるのだろうかと空恐ろしくなる。

若手俳優だったトム・クルーズが本当の意味でスターとなったのは、1986年の『トップガン』だった。監督は、つい先頃、悲劇的な最期を遂げた名職人監督トニー・スコット。この映画の大ヒットで“ハリウッドで最も影響力のある俳優”になったトム・クルーズは、以後、今に至るまでその座を他の俳優に渡していない。彼の凄さは、ヒットさせるべき映画をちゃんとヒットさせるだけでなく、自分のイメージを自在にプロデュースする才能にあると私は思う。『トップガン』大ヒットの後、アクション映画の若きヒーロー役に固執することなく、『レインマン』では遺産目当てで自閉症の兄を連れ出す弟を、『7月4日に生まれて』ではベトナム戦争の傷病兵を、『マグノリア』では自己啓発セミナーのカリスマ講師といった具合に、それまでのイメージを覆す役に挑戦することによって自分の役柄の巾を広げ、俳優としての価値を高めてきた。

メガヒット作『ミッション:インポッシブル』と名匠スタンリー・キューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』の間に挟まれた『ザ・エージェント』は、そんなトム・クルーズの素の魅力が最もよく現れた佳作である。監督は<ローリングストーン>誌のライター出身で、等身大の青春群像を描くのが得意なキャメロン・クロウ。

ジェリー・マクガイア(トム・クルーズ)は大手エージェント会社に勤めるやり手のスポーツ・エージェント。顧客であるプロ・スポーツ選手のために、どんな手を使ってでも有利な契約を勝ち取り、私生活のいざこざまで解決してやるが仕事である。72人の顧客を抱え、1日264本の電話を受け、休む暇のない毎日に、ふと限界を感じた彼は、選手とエージェントの関係をもっと人間的なものに戻したいという理想に燃えて会社に提案書を提出する。が、同僚達からバカにされたばかりか、あっさりクビになってしまう。会社という後ろ盾を失った彼に、続けてマネジメントを任せると言ってくれたのは、何かと問題の多いアメフト選手のロン(キューバ・グッディング・Jr)ただ1人。彼の独立についてきてくれたシングル・ママのドロシー(レニー・ゼルウィガー)と、たった2人で新しいエージェント会社を立ち上げたものの、前途は多難。ジェリーが逆境の中で理想を実現し、皆を見返す時は来るのだろうか?

絵に描いたようなサクセス・ストーリーではあるけれど、こういう作品を作らせると、ハリウッド映画の右に出るものはいない。そして、アメリカン・ドリームとは単なる成功ではなく、自分と他人に嘘をつかず、皆を幸せにしてこその成功であるということを見事に描いている。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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