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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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「プリティ・ウーマン」2012/06/08 UP 放送日時

ジュリア・ロバーツの笑顔の輝き。

造船業の老舗モース社買収のため、LAにやってきた大金持ちの企業家エドワード・ルイス(リチャード・ギア)。パーティを抜け出してホテルに戻る途中、道に迷った彼は、ハリウッド大通りに立っていたコールガールのヴィヴィアン(ジュリア・ロバーツ)を道案内に雇う。ホテルの前で別れるはずが、メカに強くて運転の上手いヴィヴィアンに惹かれ、彼女を部屋にあげ、一夜を共にする。翌朝、モース社の買収交渉を進める上で女性がいた方がいいという弁護士の薦めで、エドワードはヴィヴィアンを6日間雇うことにする…。これ以上ストーリーを語る必要はないだろう。『プリディ・ウーマン』は1990年に公開されるや記録的な大ヒットとなったばかりでなく、主演のジュリア・ロバーツを一躍スターダムに押し上げたロマンチック・コメディの傑作である。
 
元ネタはミュージカル『マイ・フェア・レディ』で、ロンドンの下町で訛りの酷い花売り娘イライザに出会った言語学者ヒギンズ教授が彼女の訛りを直し、淑女に仕立てあげるうちに、恋に落ちてしまう。1964年に映画化され、監督はジョージ・キューカー、イライザ役はオードリー・ヘプバーン(1956年に初演されたブロードウェイ舞台版ではジュリー・アンドリュース)だった。ちなみに、『マイ・フェア・レディ』の元ネタは、1913年に初演されたバーナード・ショーの戯曲<ピグマリオン>だ。
 
『プリティ・ウーマン』を見ると、古色蒼然とした原作に、ハリウッドがどんな魔法をかけたのかがわかって面白い。まずは時代背景を、原作の20世紀初頭(バーナード・ショーにとっての“現代”、ミュージカル版は戯曲を忠実に踏襲)から映画の現代(=1990年)に移した。1990年とは、日本ではバブル景気の最後に当たり、平均株価が38000円を超え(現在は8300円)、土地価格が暴騰し、山手線内の土地の値段でアメリカ全土が買えるとまで言われた時代である。続いて主人公の2人、言語学者で皮肉屋のヒギンズ教授を、経営の苦しくなった企業を安く買い、切り売りすることで巨万の富を築いた若き投資家エドワード・ルイスに。ロンドンの下町の花売り娘イライザを、田舎から都会に出てきて生活のために娼婦になったヴィヴィアン・ウォードに。そして、2人が6日間を過ごすうちに恋に落ちる舞台に、ハリウッドらしい夢のお城を設定した。それが、リージェント・ビヴァリー・ウィルシャー・ホテル(現在はビヴァリー・ウィルシャー・ビヴァリーヒルズ)のペントハウスである。リムジンでの送迎、ロデオドライブでのお買い物、プライベートジェットでオペラを見に行くなどなど、現代のシンデレラは贅沢の極みを味わう。しかも王子様がリチャード・ギアなのだ!
 
しかし、それだけでは映画が甘ったるいだけで終わってしまっただろう。ハリウッド映画を甘く見てはいけない。ベテラン監督ジョージ・マーシャルと脚本家J・F・ロートンは、現代の寵児エドワード・ルイスに対抗する存在として、彼のような投資家によって買い叩かれ、今まさに消えていこうとする古き良きアメリカ企業=モース社を設定し、その社長役をラルフ・ベラミーに演じさせた。ラルフ・ベラミーは30年代から40年代のアメリカ映画でジェームズ・スチュワートと並んで好青年の代表だった人である(『プリティ・ウーマン』が遺作となった)。エドワード・ルイスには母親を裏切った父親を憎み、臨終にも立ち会わなかったという心の痛みがある。それが、ヴィヴィアンの精神的かつ肉体的な“セラピー”によって癒され、疑似父親的な存在のモース氏を受け入れ、彼の仕事(アメリカ社会の原点である物作り)を継承しようと決意するまでになる。バラの花束を持ったリチャード・ギアが非常階段を昇ってジュリア・ロバーツに愛を告白する甘い甘いハッピーエンドには、こんな裏付けがあるのだ。
 
『プリティ・ウーマン』はヘクター・エリゾンド演じるホテルの支配人の設定が巧みで、何度見ても面白いのだが、今回、改めて見直して、当時23歳だったジュリア・ロバーツの屈託のない笑顔にとても惹かれた。この映画でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、名実ともにハリウッドのトップ女優になるジュリアだが、その後、スクリーンでこんな笑顔を見せたことがない。私生活でいろいろあった(キーファー・サザーランドとの結婚直前での破局、ライル・ラヴェットとの電撃結婚と2年後の離婚)ことの影響か、トップ女優としての重圧か、理由はよくわからないが、“ああ、こんなに素敵な笑顔をする人だったんだ”、と改めて思った。前途洋々、何の不安もなかった頃のジュリアの笑顔には、青春の輝きが詰まっている。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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