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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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「ニュー・シネマ・パラダイス」2012/05/11 UP 放送日時

映画祭で受賞するということ。

海から爽やかな風が吹き込んでいる部屋で、老いた母親がローマに住む息子サルヴァトーレ(ジャック・ペラン)に電話を掛けている。ローマで映画監督をしている彼は、仕事で忙しく、もう30年も故郷に帰っていない。妹は諦め顔で「知らせても無駄だ、もう忘れているに違いない」と嘆く。それはサルヴァトーレが幼い頃から父親のように慕っていた映写技師アルフレード(フィリップ・ノワレ)が死んだという知らせだった。深夜帰宅し、訃報を聞いたサルヴァトーレの思いは遙か昔に遡る。戦後まもないシチリア。戦争で父親を亡くし、内職と幼い妹の世話で忙しい母親にほっておかれた彼は、映画館パラダイス座に入り浸り、頑固な映写技師アルフレードと仲良くなって、映画の扱い方を始め、様々なことを彼から教えてもらったのだった…。
 
誰もが一度は聞いたことがあるエンニオ・モリコーネの郷愁を誘うメロディー、子供時代のサルヴァトーレを演じたトト・カシオ少年の愛くるしい笑顔、名優フィリップ・ノワレの燻し銀の演技、貧しくも愛すべきシチリアの人々の生活、胸を打つラスト・シーン…。監督は長編映画2作目、弱冠33歳の新鋭ジュゼッペ・トルナトーレ。アカデミー賞外国語映画賞を始め、世界中の映画賞を受賞した“映画史上に燦然と輝く、感動映画の金字塔”(DVDジャケット)という宣伝文句にも納得の名作である。けれども、私にとっての『ニュー・シネマ・パラダイス』は、単なる作品という以上に、映画祭で受賞するということはどういうことかを教えてくれた、忘れられない映画である。
 
『ニュー・シネマ・パラダイス』がカンヌ映画祭のコンペティション部門に出品されたのは1989年。審査員長は1984年に『パリ、テキサス』でパルム・ドールを獲ったヴィム・ヴェンダースだった。私にとっては4回目のカンヌで、そろそろ映画祭というものに馴れてきた時期。その年のラインナップは、スパイク・リー『ドゥ・ザ・ライト・シング』、ジム・ジャームッシュ『ミステリー・トレイン』、エミール・クストリッツァ『ジプシーの時』、パトリス・ルコントの『仕立屋の恋』、今村昌平の『黒い雨』など。下馬評で圧倒的に人気があったのが『ニュー・シネマ・パラダイス』だった。ところが、パルム・ドールを受賞したのはダークホースどころか、誰もが無印だったスティーヴン・ソダーバーグの長編デビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』。『ニュー・シネマ・パラダイス』は次点の審査員特別賞で、それもベルトラン・ブリエの『美しすぎて』と同時受賞だった。これには唖然とした。今考えても、とても不可解な受賞結果だった。
 
しかし、映画祭通いを続けていくうちに、自分でも批評家賞の審査員をやったりして、映画祭の賞の配分には映画祭と審査員の微妙な力学が反映されることがわかってきた。そのよい例がロベルト・ベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』だ。『ニュー・シネマ・パラダイス』から9年後の1998年にカンヌ映画祭のコンペティション部門に出品され、同じように下馬評で圧倒的に人気があったにもかかわらず(アカデミー賞外国語映画賞を受賞したことまで同じだ)、パルム・ドールはテオ・アンゲロプロスの『永遠と一日』に行ってしまった。この時の審査員長はマーティン・スコセッシである。映画祭で賞を獲るには、作品の出来が素晴らしいのはもちろんだが、その他にプラスアルファの力が必要だ。特に審査員長が賞をあげたいと思うかどうかが鍵なのである。
 
『ニュー・シネマ・パラダイス』で惜しくもパルム・ドールを逃したトルナトーレは、翌90年に『みんな元気』を、94年に『記憶の扉』をコンペティション部門に出品したが、受賞には至らなかった。ちなみに90年はベルナルド・ベルトルッチ審査員長、パルム・ドールはデヴィッド・リンチの『ワイルド・アット・ハート』、94年はクリント・イーストウッド審査員長、パルム・ドールは『パルプ・フィクション』で、トルナトーレのようなウェルメイドな作品が大きな賞を受賞する時代ではなくなっていた。その後、トルナトーレは『海の上のピアニスト』、『マレーナ』、『シチリア!シチリア!』といった秀作を撮り続けてはいるが、95年以降は軸足をヴェネチアやローマの映画祭に移し、カンヌには戻っていない。
 
『ニュー・シネマ・パラダイス』を見るたびに、あの年、トルナトーレがパルム・ドールを獲っていたら、あるいはソダーバーグがパルム・ドールを獲らなかったら、その後の二人はどうなっていただろうと思うことがある。おそらくトルナトーレは賞に関係なく活躍しただろうが、ソダーバーグの映画人生は大きく変わっていたに違いない。
 
たかが映画祭、されど映画祭。さて、今年の審査員長ナンニ・モレッティは、どんな映画にパルム・ドールをあげたいと思うだろう?

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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