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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『運命のボタン』2012/03/16 UP 放送日時

ボタン1つで地球を地獄に変える何者かの陰謀

不思議な映画である。恐怖映画とも、SF映画とも言える。1つのジャンルに納まりきらない、はみ出した部分が魅力でもある。
 
始まりはこんな風だ。1976年12月16日の朝5時45分。ヴァージニア郊外のルイス家のチャイムが鳴り、妻のノーマ(キャメロン・ディアス)が出てみると、玄関に小型の段ボール箱が置かれていた。夫アーサー(ジェームズ・マースデン)が開けてみると、赤いボタンのついた箱と、“スチュワート氏が午後5時にうかがいます”と書かれた手紙が入っていた。その日の午後5時、アーリントン・スチュワードと名乗る、顔半分のない不気味な男(フランク・ランジェラ)が現れ、出迎えたノーマに奇妙な提案をする。箱についているボタンを押せば、どこかで誰かが死ぬが、百万ドルが手に入る。ただし夫以外に他言は無用、猶予は24時間である、と。実際に百万ドルの札束が入った鞄を見せられ、手の切れるような百ドル札を貰ったノーマは、どうせ知らない誰かが死ぬのならと、軽い気持ちでボタンを押してしまう。ところが、この提案には恐ろしい裏があった…。
 
原作は『ミステリー・ゾーン』や『トワイライト・ゾーン』や、最近では『アイ・アム・レジェンド』の原作で知られるリチャード・マシスン。原作は短編で、それを『ドニー・ダーコ』のリチャード・ケリーが映画化。その際、ケリーは意図的にSF的な要素を取り入れていて、ある意味、“ミステリー”で“トワイライト”なリチャード・マシスン・ワールドに、ケリーなりのオマージュを捧げた映画にしている。
 
出世作『ドニー・ダーコ』では28日6時間42分12秒という時間を鍵に使ったケリーだが、『運命のボタン』では1976年という年を鍵にした。この年、NASAが進めていたバイキング計画で、探査機バイキング1号が7月20日に、2号が9月3日に火星に着陸している。映画のアヴァンタイトルで説明される、雷に打たれて死んだはずのアーリントン・スチュワードが蘇生し、病院を退院したのが7月24日であることにも注意しよう。
 
もう1つの鍵は、ノーマが授業で教えているサルトルの戯曲<出口なし>である。16日の夜、ノーマとアーサーは実際に芝居を見に行ってもいる。<出口なし>は、窓もなく出ることもできない部屋に閉じ込められ、他人を見続けることを強いられた3人の死者が、“地獄とは他人(=他人に見られる自分)である”ということを悟るというシンボリックな芝居で、つまりは、百万ドルの誘惑によってアーサーとノーマが陥ってしまう状況を“出口なし”と表しているのである(と思う)。
 
初め、ルイス夫妻は絵に描いたような理想のカップルに見える。アーサーは火星探査機のカメラを開発した技術者、ノーマは私立校で文学を教える教師で、同じ私立校に通う息子ウォルター(サム・オズ・ストーン)がいる。何一つ不自由のない、ごく普通の中流家庭だ。ところが箱が届いた日、二人に起きた一見無関係に見える出来事が“中流家庭”の裏を暴いてしまう。まず、校長から学費の優待割引を廃止すると告げられたノーマは、生活費の工面に直面する。高級スポーツ車を乗り回すアーサーは、心理テストに落ちて宇宙飛行士になる夢を絶たれる。そして、これらの出来事をもたらすのが、鼻血を流す人であることにも注意しよう。鼻血の元をたどっていくと、アーリントン・スチュワードに乗り移った何者か、その何者かによるバイキング計画の裏返しの計画に行き着く…。
 
『ドニー・ダーコ』では時制を反転させたケリーだが、『運命のボタン』ではすべての奇妙な出来事を起きた順に淡々と描いている。描写は細密で行き届いているが、ハリウッド映画にありがちな強調表現を一切省いてあるから、最初はつい流して見てしまい、後で気になってくる場面が沢山ある(できれば、2度、3度と見直すといい。本当によく出来ている)。ネタバレになるので、これ以上内容には触れないが、ノーマがボタンを押すのと同時に起こる事件だけは、しっかり見逃さないように。ここから二人が陥った<出口なし>の状況(=地獄)が露わになっていくのだから。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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