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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『ワールド・オブ・ライズ』2011/11/11 UP 放送日時

情報化がスパイの世界を縮めるとき…。

『ワールド・オブ・ライズ』の主人公はCIA工作員ロジャー・フェリス(レオナルド・ディカプリオ)。彼は、ビン・ラディンを思わせる国際的テロ組織のリーダー、アル・サリームを追っている。イラクで活動中に現地雇いの助手バッサーム(オスカー・アイザック)を失ったフェリスは、上司のエド・ホフマン(ラッセル・クロウ)からヨルダン情報局のハニ・サラーム(マーク・ストロング)と連携して作戦を遂行しろと命じられる。アンマンに赴任したフェリスは、ハニに“絶対に嘘をつかない”ことを約束させられた上で、活動することになるのだが、ホフマンが彼に黙って裏から手を回したことで作戦は失敗、ハニの怒りを買って国外追放になる。アル・サリームに接触できないなら、偽のテロ組織を作ってアル・サリームから接触させればいいと、フェリスは、アラブ諸国に行き来の多い建築家オマール・サデキ(エリ・スリマン)に目をつけ、新たなテロ組織“めざめの兄弟”をでっちあげて、サデキをリーダーに仕立てる。そして、再びアンマンに戻り、ハニの監視の下、アル・サリームをあぶりだす作戦を続けるのだが…。

スパイといえば007が代名詞で、今もシリーズが作られているけれど、現代のスパイおよびスパイ活動は、イアン・フレミングが創った007とも、007映画とも、まるっきり違っている。『ワールド・オブ・ライズ』が描く、ハイテク機器を駆使したスパイ活動を見ていると、007の時代がまるで石器時代のように思えてくる。

例えば映画の冒頭、フェリスとバッサームがイラクでテロ組織のアジトを急襲する場面。砂漠の上空で無人偵察機が撮影した映像がCIA本部のスクリーンにオンタイムで再生され、ホフマンはそれを見ながら携帯電話で現地のフェリスに命令を伝える。あるいは、窮地に陥ったフェリスが携帯電話で救援を頼むと、米国経由でイラクへ要請が伝えられ、最寄りの基地から米軍の武装ヘリが救出に向かう。中東の砂漠のどこかで行われている作戦を地球の裏側から操作しているのだから、まさに情報化社会もここに極まれりである。

けれども、情報化がいくら世界の距離を縮めても、実際の距離が近くなったわけではない。遠隔操作は可能になったが、モニターに映る“現地”はあくまでバーチャルであって本物ではなく、実際にオペレーションを実行するには本物の人間が必要になる。この点をとってみれば、今のスパイ活動も実は007の時代とさほど変わっていないし、距離の遠さが生む現実感のなさが、かえって現場のオペレーションに微妙なバイアスをかけている、というのが『ワールド・オブ・ライズ』の主張の1つでもある。

主演はレオナルド・ディカプリオ。彼にとって『ワールド・オブ・ライズ』のフェリスは、マーティン・スコセッシ監督『ディパーテッド』の潜入捜査官、エドワード・ズウィック監督『ブラッド・ダイヤモンド』のピンクダイヤを追いかける元傭兵に続く“骨太な男”路線の集大成的な役。来年早々、FBIの創設者で初代長官、悪い噂(しかもゲイ)もいろいろあるエドガー・フーバー長官を演じたクリント・イーストウッド監督の『J・エドガー』が公開になる。『タイタニック』のイメージを見事に払拭、さらにビッグになっているレオ様が頼もしい。

一方のラッセル・クロウはといえば、『グラディエーター』、『アメリカン・ギャングスター』に続くリドリー・スコット作品。監督から出演オファーと同時に体重を20kg増やすよう要請されたそうで、役作りで太るのは『インサイダー』で経験済みだからラッソーにはお手のものだったに違いないが、ホフマンを“太った男”とキャラ付けしたリドリー・スコットも凄い。何しろ片時も携帯電話を手放さないワーカホリックで、子供におしっこさせながらもイラクへ指令を出しているような男である。米国と中東の2つの時間を同時に生き、そのストレスを食べることで解消している、という分析は鋭いと思う。ただ、ラッソーが太り体質だったため、この作品あたりを境に、“痩せる”方が彼にとっての役作りになっていくのはファンとして残念だ。『L.A.コンフィデンシャル』の頃(の体重)に戻ってくれないかなあ、無理だろうけど。

この映画は脇役もとてもいい。もっさりしたホフマンに対して颯爽としたハニ・サラームを演じたマーク・ストロングはイタリア人の父、オーストリア人の母の間に生まれたイギリス人で、最新作は『グリーン・ランタン』。バッサームを演じたオスカー・アイザックはキューバ人の父とグアテマラ人の母の間に生まれたアメリカ人で、最新作は『ドライブ』。フェリスと恋に落ちるアイシャを演じたゴルシフテ・ファラハニは生粋のイラン人。この映画に出演後、国内情勢の悪化でイランを出て今はパリ在住、最新作はヴェネチア映画祭のコンペに出品された後、東京国際映画祭でも上映された『チキンとプラム』である。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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