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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『アザーズ』2011/10/28 UP 放送日時

恐ろしいほど美しい、絶好調ニコール・キッドマンを堪能する。

1945年、英仏海峡にあるジャージー島。深い霧の中を3人の人影が歩いていく。中年の女性ミセス・ミルズ(フィオヌラ・フラナガン)、白髪の老人ミスター・タトル(エリック・サイクス)、口のきけない娘リディア(エレイン・キャシディ)だ。お城のような古い館に着き、ミセス・ミルズが玄関のベルを鳴らすと、中から美しい女性が顔を出す。館の女主人グレース・スチュワート(ニコール・キッドマン)である。彼女は出征した夫の帰りを待ちながら、2人の子供と館で暮らしていたが、数日前に突然使用人が消えたため、募集の公告を出したところで、3人は乳母、庭師、メイドとして雇われることになる。

スチュワート家には厳格な掟があった。部屋のドアは必ず鍵を掛けること。姉のアンも弟のニコラスも太陽光アレルギーのため、日中も厚いカーテンを閉めきった暗い部屋の中で過ごしていて、ドアを開けっ放しにさせないよう、グレースはその掟を神経質なまでに守らせる。ところが、屋敷に奇妙なことが起こり始める。ニコラスはビクターという名の少年がいるという。夜中に誰もいない音楽室からピアノを弾く音が聞こえてくる。目に見えない何ものかがいる。それは幽霊なのか。神父にお清めを頼もうと教会へ急ぐグレースの前に、霧の中から戦地に行った夫チャールズ(クリストファー・エクルストン)が現れる…。

アレハンドロ・アメナーバルの『アザーズ』はとても書きにくい映画である。公開後10年近いので既にご存知の方も多いと思うが、プロットに大きな仕掛けがあり、あまり書きすぎると種明かしになってしまう。何も知らずに見た方が驚きがあるし、1人でもまだ見たことがない人があるとしたらら、その人の“初体験”を大切にしたいと思うので、内容に触れるのはこれくらいにしたい。

けれども、仕掛けを知った上で見ても、『アザーズ』は、とても恐いホラー映画である。ジャンルとしてはゴシック・ホラーに入るだろう。霧深い島(孤立した状況)、古くて大きな館(ホーンテッド・マンション)、不気味な家政婦(ヒッチコック『レベッカ』のダンヴァース夫人?)という道具立てがいいし、そこで恐怖の源となって物語を引っ張っていく、神経質なグレースを演じるニコール・キッドマンがとてもいい。

アメナーバルは東京国際映画祭でグランプリを獲った『オープン・ユア・アイズ』で世界的に認められた人で、それをハリウッドでリメイクした『バニラ・スカイ』で製作・主演を務めたのがトム・クルーズだった。『アザーズ』は、クルーズがエグセクティヴ・プロデューサーを務めた企画なので、主役は当然、当時妻だったキッドマンにオファーしたという経緯だろう(あるいはキッドマンのための企画だったのかもしれないが、公開のときには二人は離婚し、トムは『バニラ・スカイ』で共演したペネロペ・クルスとの交際が噂になっていた)。キッドマンは30代に入ったところで、おそらくは頂点といっていいほどの美しさで、スタイル抜群、演技も際だっていて、この“恐い”若妻役がぴったりである。その後、トム(サイエントロジーの信奉者として有名)も、ニコール(本国オーストラリアでは“ボトックス女王”と仇名されている)も、どんどんサイボーグ化しているように思えるのは残念である。私は人間は自然が一番と思うのだけれど、世界的なスーパースターともなると、自然に逆らっても若さを保つことが求められるのかもしれない。

さて、『アザーズ』で私が注目したのが、恐怖のアイテムの1つとして登場する“死者の本”、遺体写真を集めたアルバムである。昔、死んだ人の記念写真を撮る習慣があったのは本当で、映画でもクリント・イーストウッドの『許されざる者』や、ブラッド・ピット主演の『ジェシー・ジェームズの暗殺』などに登場する。アルノー・デプレシャンには、『クリスマス・ストーリー』の元ネタになった『愛された人』というドキュメンタリーがあって、これは生家が売りに出されることになったデプレシャンが父親に思い出を聞くという構成だが、父親が死んだ母親(つまりデプレシャンの祖母)の遺体写真を見せる場面が出てくる。若くして死んだ母親が花嫁衣装でベッドに横たわっている写真で、とても美しいのと同時に、すでにこの世の者ではないという思いがあるからか、どこか神々しくもあり、不気味でもあった。

“死者の本”でもわかるように、昔は死者の世界が身近にあった。現代では、遺体写真を撮る習慣も廃れたし、死ぬときも自宅より病院だし、お葬式も葬儀専門の場所で行われるようになって、死は生者の世界から閉め出され、片隅に追いやられている。けれども、ただ目に触れにくくなっただけで、死者の世界は意外に身近なところにある。そんな世界観(および恐怖)を描き出したのが『アザーズ』だと言えるかもしれない。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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