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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『第64回カンヌ映画祭受賞結果』2011/05/27 UP

大本命の順当な受賞で終わった波乱の年

授賞式の生中継を見た方は、ロバート・デ・ニーロ審査委員長がパルム・ドールをテレンス・マリックの『ツリー・オブ・ライフ』だと告げたときの会場のどよめきを覚えているだろう。あれは作品への賞賛でも非難でもなく、予言がその通りに実現したことを目撃した人々の驚嘆のようなものだった。
 
『ツリー・オブ・ライフ』は、本来なら去年のコンペティションにエントリーするはずだったが、完成が間に合わずに今年に回ったもの。その間1年も公開を待たせるからには、映画祭はそれなりの礼を尽くすはずである。マリックと同国人でカンヌ映画祭とも関係の深いロバート・デ・ニーロが審査委員長になったのは、そんな理由からだろうと皆が思っていた。
 
ただ、『ツリー・オブ・ライフ』には万人を納得させるだけの映像美があるのは事実で、それに匹敵するのはラース・フォン・トリアーの『メランコリア(原題)』くらいだと思われていた。そのトリアーが舌禍事件を起こして自ら墓穴を掘り、賞レースから脱落してしまったのは、いろんな意味で残念な出来事だった。
 
順当だったのはここまでで、パルム・ドール以外の賞は、まったく予想がつかない展開となった。まずグランプリにダルデンヌ兄弟とヌリ・ビルゲ・ジェイランが並んだのがびっくりだった。パルム・ドールが動かせないので、ここで審査員達の意志がぶつかったのか。それぞれを推す審査員の間で意見がまとまらずに痛み分けとなったのか。“まだ獲っていないのはクイアー・パルム(同性愛賞)だけ”とリベラシオン紙が揶揄するほどの賞コレクターであるダルデンヌ兄弟に、そうまでして賞をやりたかった理由が私にはわからない。
もっとわからないのは、マイウェンの審査員賞だった。未成年犯罪対策班に所属する隊員達の活動を私的公的に追った作品だが、テレビ・シリーズを1本に凝縮したような内容を緊密ととるか、うざいととるかで評価が分かれた。
 
今年は女性監督が4人と最多の年で、そのなかで最も優れていたのがリン・ラムジーの『私達はケヴィンのことを話す必要がある(原題)』だった。特にティルダ・スウィントンの女優賞は固いと思われていたのに、ティルダはもちろん、作品ごと賞から忘れ去られてしまった。ラムジーはよほどジュード・ロウに嫌われているに違いない。
 
フランスで最も人気があったのはミシェル・アザナヴィシウスの『アーティスト(原題)』だった。映画が無声からトーキーに変換する時代のハリウッドを舞台に、落ちぶれていく無声映画の大スター(モデルはダグラス・フェアバンクスらしい)を、時代の波にのってスターになった端役の娘が救うという単純なラブストーリー、それをパロディとしてモノクロの無声映画に仕立てたところがミソ。アザナヴィシウスは007のパロディ映画『OSS 117』シリーズを大ヒットさせ、ついでに東京映画祭でグランプリまで獲ってしまったラッキーマン。純粋な娯楽映画である『アーティスト(原題)』も、本来なら特別招待作品枠だったはずが、開催直前にコンペティションに格上げになり、賞まで獲ってしまうという幸運ぶりだ。
 
同じ意味で、『ドライブ(原題)』で監督賞を獲ったニコラス・ウィンディング・レフンもそうだ。私はこの映画がとても好きだったが、こういった、ほっておいても興行的に心配のない娯楽映画は、賞には残らないのがいつもの映画祭だった。
 
逆の意味で、あおりをくったのが、ナンニ・モレッティの『新法王誕生(原題)』やアキ・カウリスマキの『ルアーヴル(原題)』といった作家性の強い、複雑な要素を持つ作品だった。特に、『新法王誕生(原題)』で玉座の重みに耐えかねて、逃げ出してしまう新法王を見事に演じたミシェル・ピコリには、どうしても賞をあげたかった。授賞式の壇上でジャン・デュジャルダン(『アーティスト(原題)』)が嬉しそうにタップを踏む姿より、生きる映画史である85歳のミシェル・ピコリ(『新法王誕生(原題)』)が会場から万雷の拍手を受ける姿を見る方が、ずっと感動的だっだはずだと私は思う。
 
 日本映画は初めから賞レースに残っていなかった。テレンス・マリック、ラース・フォン・トリアーといった作品に囲まれると、河瀬直美が自身で撮った映像はいかにも見劣りがするし、三池崇史としても、三池らしさのない映画で受賞するのは面はゆかったろう。震災の年に日本映画の存在をアピールした、という意味では価値のあるエントリーだったが。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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