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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『脱出』2011/03/04 UP 放送日時

大自然の中で救済される魂の行方

今年のアカデミー賞は、結局『英国王のスピーチ』が作品・主演男優・監督・脚本の主要4賞を獲得して圧勝、『インセプション』が技術系の4賞でそれに続き、『ソーシャル・ネットワーク』は脚色、編集、作曲の3賞に止まった。『英国王のスピーチ』は、噂で聞いていたときには今回のダークホースになると予想できたが、実際に見てみたら、私的にはかなり物足りない映画だったので、まさかここまでとは思わなかった。思えば、カンヌ映画祭の受賞予想も、映画を見ている人より見ていない人の方が当たる確率が高い。映画を見てしまうと、どうしても自分の評価が入ってしまうからだ。賞の予想というのは難しいもの。ただ一つ言えるのは、アカデミー賞や映画祭の賞と監督の実力には何ら関係がないこと。その証拠に、私の大好きなロバート・アルドリッチもロバート・アルトマンもアカデミー賞監督賞を受賞していない。ジム・ジャームッシュが『リミッツ・オブ・コントロール』でオマージュを捧げたジョン・ブアマンもその一人である。
 
ジョン・ブアマンの『脱出』は、一度見たら忘れられないサスペンス映画の古典である。主人公はアトランタに住むビジネスマンのエド(ジョン・ヴォイト)。彼は、アウトドア派でアーチェリーが得意なルイス(バート・レイノルズ)に誘われ、2人の友人ボビー(ネッド・ビーティ)、ドリュー(ロニー・コックス)と共に大自然の中にやってくる。いずれはダムの底に沈むことになる渓流で、ラフティングで楽しもうという計画だった。ところが、エドとボビーが散弾銃を持った2人の狩人に襲われたところから、楽しかったはずの週末が悪夢と化していく。
 
実は、『脱出』とは日本の配給会社がつけた邦題で、原題Deliveranceの本来の意味は救出、救済、解放であって、脱出という意味はない。原作者のジェームズ・ディッキーが意図したテーマは、大自然の中で都会人エドが野性を取り戻していく、つまり、“大自然の脅威から人間が脱出する”のではなく、“文明によって馴らされた魂が、自然によって解放され、救済される”物語なのである。
ジェームズ・ディッキーは詩人で大学教授でありながら、アーチェリーで狩りをするのが趣味というアウトドア派で(バート・レイノルズにアーチェリーを指導したのが彼で、保安官役で出演もしている)、コーエン兄弟が映画化を企画した<白の海へ>も、第二次大戦中の日本に不時着したアラスカ育ちの米軍パイロットが、あらゆる手段を使ってサバイバルしながら北を目指すという、『脱出』と同じテーマを扱った小説である。ちなみに、ディッキーは1997年1月、<白の海へ>の脚本執筆中に亡くなった。
 
映画化にあたって、ジョン・ブアマンは撮影隊をジョージア州のラバン峡谷に連れていき、サウスカロライナ州との境を流れるチャトゥーガ川で、俳優4人を2艘のカヌーに乗せ、それを2艘のゴムボートで追いかける形で撮影した(撮影はロバート・アルトマンの数々の傑作を撮った名手ヴィルモス・ジグモンドだ)。ラフティングは見かけよりずっと危険なスポーツで、急流でボートが転覆すれば死の危険が伴う。そのため、保険を引き受けてくれる保険会社がなかったので、4人の俳優はスタントなしの“自己責任”で急流を下ったのである。映画の中にジョン・ヴォイトが崖を登るシーンがあるが、映画のリアルさを損なうからと、ヴォイト本人がスタントなしで登ったという。
 
『殺しの分け前/ポイント・ブランク』でもわかるように、ジョン・ブアマンはストーリーの整合性は無視しても、描きたかったものをぐいぐいと太字で描いていくタイプである。『殺しの分け前/ポイント・ブランク』ほどではないにしろ、『脱出』も、見終わった後にいくつも謎が残る。が、そんな理性で判断することのできない漠とした不安が、得体の知れない恐怖を醸し出す。40年近く前の作品とは思えない、本当に怖い映画である。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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