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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『シックス・デイ』2010/12/24 UP 放送日時

もしもクローン人間が誕生したら…。

今年のノーベル賞で京都大学の山中伸弥教授が医学・生理学賞を受賞するかどうかが大きな話題になった。惜しくも受賞には至らなかったが、山中教授のiPS細胞の研究には今、大きな注目が集まっている。iPS細胞とは、体を作る組織や臓器に培養できる細胞のことで、この技術が確立されると、今まで他人の臓器を移植するしか治療方法がなかった病気が、患者自身の細胞を使って移植用の組織や臓器を作り出すことができるという。臓器だけではなく、男性の細胞からiPS細胞を作り出して卵子を作ったり、女性の細胞から精子を作ったりすれば、同性愛者同士の子供を作り出すことも可能になる。まさに人が神の領域へ踏み込む時代が近づいているのだ。
 
 アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『シックス・デイ』は、まさにそんな時代を先取りした映画である。舞台はそう遠くない未来。クローン技術が確立され、生物をクローンとして再生することは可能になったが、倫理的な問題から、人間のクローンを作ることは禁じられ、その法律が、神は世界を創世するときに6日目に人を作られたという聖書の記述から、6d法と名付けられている。チャーターヘリの会社を経営し、パイロットとしても操縦桿を握るアダム(アーノルド・シュワルツェネッガー)は、ある日、大企業の会長ドラッカー(トニー・ゴールドウィン)を山奥のスノーリゾートへ送り届ける仕事を請け負う。結局、仕事は同僚のハンク(マイケル・ラパポート)に代わり、娘に頼まれた買い物をして家に帰ってみると、何と自分そっくりのクローンが愛する妻子と自分の誕生日を楽しそうに祝っていた。愕然とするアダムに謎の殺し屋コンビが襲いかかる…。
 
 実は、ドラッカー会長が経営するバイオ企業は、ウィアー博士(ロバート・デュヴァル)の手によって、すでにクローン人間を製造していた。しかし、クローン人間に反対するグループの1人が雪山でチャーターヘリを襲撃、そのときにハンクが死んだ。しかし、ハンクが自分をアダムと名乗っていたため、事件を隠蔽しようとするバイオ企業がアダムのクローンを作ったのだった。
 
 クローンの自分と対面する前のアダムは、娘に懇願されてもペットをクローン化するのに反対する純粋なオリジナル主義者だった。だから自分のクローンを前にした彼は、自分とまったく同じ自分を受け入れることが出来ず、クローンに自分の人生を盗まれたと感じる。しかし、オリジナルとクローンがまったく同じで、記憶も共有していたとしたら、本物も偽物もまったく差がないことになる。自分が2人いるとしたら、どっちをどうすればいいのだろう?
 
 『シックス・デイ』は近い将来、人類が直面することになるかもしれない、面白い問題提起がなされた映画である。現実に数年前にはクローンペットが商業化されたというニュースが伝えられている(ただし、1体15万ドルと高額なうえ、クローンペットはオリジナルとは遺伝子は同じでも、外見がまったく同じになるとは限らないという)。iPS細胞の研究が発達し、組織や臓器のクローンが出来て、人間のパーツがクローン化していったら、どこまでがオリジナルで、どこからがクローンなのかの線引きが必要になるだろう。人を人としてアイデンティファイするものは何か。肉体か精神か。精神を司るものは何か。脳だとしたら、どの部分か。
 
残念ながら『シックス・デイ』には、それらに対する答えが一つもない。アダムはペットのクローン化には決断を下せるが、自分のクローンに対しては何の決断も下せない。その辺の曖昧さが、2000年のゴールデン・ラズベリー賞で、ワースト主演男優賞(オリジナルのアダムに対して)、ワースト助演男優賞(クローンのアダムに対して)、ワースト・スクリーン・カップル賞(オリジナルとクローンのアダムに対して)の3賞受賞という快挙(?)に繋がったのだと私は思う。しかし、2001年にカリフォルニア州知事選に立候補する決意を固めたシュワルツェネッガーが、倫理的な問題に触れる結論を下して反対派を刺激するよりは、多少曖昧でも平和的なエンディングを望んだことは十分理解できる。その結果、『シックス・デイ』は、同じアイデンティティの問題を扱った『トータル・リコール』よりもずっと穏やかな、家族向けのアクション映画になった。しかし、問題提起にだって価値がある。答えを出せるのはオリジナルな自分だけ、なのだから。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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