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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『レッドクリフ』2010/07/23 UP 放送日時

一大歴史絵巻“赤壁の戦い”を楽しむために

ジョン・ウーの『レッドクリフ』は、ただ見ているだけでも十分に面白いが、中国人なら誰もが知っている<三国志>を題材にしているだけに、現代の日本人にはわかりにくいところなきにしもあらず、だ。この際、映画を見る前にちょっと予習しておこう。
 
 漢代(BC206−AD263)末期、次の覇権をめぐって英雄たちが壮大な戦いを繰り広げた。特に、魏・呉・蜀という三国による“国盗り”物語は、明代(1368−1644)になって、血湧き肉躍る歴史小説として完成される。それが<三国志>である。魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備ら、一国の主ばかりでなく、関羽、張飛、諸葛孔明ら、多士済々な豪傑・知将たちの物語は、広く中国人に愛され、中国文化や精神のルーツとなった。ハリウッドで最も成功した中国人映画監督ジョン・ウーが、この中国人の魂の物語を映画化しようと思い立ったのは、ごく自然の成り行きだったろう。
 
 ジョン・ウーが映画化に選んだのは、<三国志>でも特に名高い“赤壁の戦い”である。赤壁(レッドクリフ)とは、長江と漢水の沿岸にある地名で、現在の湖北省赤壁市あたりと言われている。覇権に向かって一歩先んじていた曹操軍の大軍に、三分の一にも満たない劉備・孫権連合軍が立ち向かい、地の利を生かして圧倒的な劣勢をひっくり返し、曹操の野望を挫いた。まさに天下分け目の戦いである。
 
 映画の始まりは紀元208年だが、そこに至るまでの三国の状況を説明しよう。まず、漢末の大乱の中で頭角を現した魏の曹操(チャン・フォンイー)は、中国北部を平定し、皇帝の献帝を傀儡化すると、自分の本拠地である許昌に遷都させ、自ら丞相となった。映画の冒頭で、曹操が皇帝から孫権と劉備を討伐する許しを得ようとするのは、二人を討ち、中国南部を平定すれば天下統一が成るからである。こうして皇帝からのお墨付きを得た曹操は、数十万の大軍を率いて呉の討伐に向かう。
 
 一方、劉備(ユウ・ヨン)は、劉という姓でもわかるように漢の王族の末裔だった。漢末の大乱に乗じて、仲間の関羽・張飛らと義勇軍を組織して功績をあげ、名を上げたものの、曹操に睨まれて、荊州の劉表に庇護を求め、新野の城を与えられて城主となっていた。その頃、諸葛孔明(金城武)を三顧の礼で軍師に迎え入れている。しかし、劉表が死に、後継ぎの劉?が曹操に降伏したため、曹操と戦うよりも逃げることを選ぶ。劉備を慕う劉?の部下や足手まといの住民を連れたこの逃亡劇は、曹操軍に何度も追いつかれそうになるなど、困難を極めた。劉備の夫人や子供が曹操軍に捕まりそうになるのを趙雲(フー・ジュン)が果敢に救おうとする一幕は、映画にも描かれている。この逃亡中に、諸葛孔明から“天下三分の計”を聞かされた劉備は、呉の孫権と結び、協力して曹操に当たって生き残りを図ろうと決意する。
 
 他方の呉の状況はというと、兄・孫策の急死で、19歳の若さで呉軍の頭領となった孫権(チャン・チェン)は、勇猛果敢な性格で、若いながらも、たちまち呉軍を掌握していた。だが、曹操の侵攻という危急存亡の時を迎え、家臣たちの大半は闘わずして降伏する方に傾き、抗戦派は魯粛(ホウ・ヨン)くらいという有様だった。
 
 ここで(やっと)登場するのが、映画『レッドクリフ』の主人公・周瑜(トニー・レオン)である。周瑜は、史実でも名門の血をひく美丈夫で、音楽にも通じた才人だった。孫権の兄・孫策と親友同士で、喬公の娘にあたる姉妹をそれぞれの妻としていたために義兄弟でもあった(孫権が周瑜を“兄と慕う”のは、このことによる)。この妻こそ、映画で重要な役割を果たす小喬(リン・チーリン)である。若い孫権にも臣下の礼を尽くし、信頼されて呉軍の総司令官に任命された周瑜だが、優れた武将であっても、圧倒的な曹操軍を前に、降伏か抗戦か決めかねていた。そんな彼の前に現れるのが、劉備の命を受けた諸葛孔明である…。
 
 映画『レッドクリフ』の面白さは、圧倒的な映像美にある。見事に再現された古代の戦闘の迫力は、脂ののりきった今のジョン・ウーにしか描けなかったに違いない。けれども、<三国志>の本当の面白さは、複雑に絡み合う人間関係と運命の不思議にある。映画化のために登場人物が最小限に簡略化されているとはいえ、敵と味方が絡み合っていることに変わりはない。以上のような背景を頭に置いて、ジョン・ウーが仕掛けた映像マジックを心置きなく楽しもう。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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