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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
あなたに効くエピソードや解説を処方します!
用法用量を守って正しくお使いください。

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第63回カンヌ映画祭2010/05/28 UP

今年のカンヌにまつわるエピソードいろいろ。

5月23日に閉幕した第63回カンヌ映画祭。ムービープラスで授賞式の中継をご覧になった方も多いと思うが、アピチャッポン・ウィーラセタクンの『前世を思い出せるブンミおじさん/アンクル・ブンミー・フー・キャン・リコール・ヒズ・パスト・ライフ(原題)』にパルム・ドールという予想外な結果に、誰もがびっくり。とはいえ、前々日にカタロニアの友人たちと恒例のお別れ夕食会を開いたとき、その席で各自好きな映画を投票したところ、本作は高評価で、私を含めた2名がパルム・ドールと予想したのだった。批評家の希望と審査員の選ぶ賞が合致することは滅多にないが、今年はその希な年に当たって、他の賞の配分も、終わってみたら、これしか考えられないような絶妙な配分だった。
 
 特にハビエル・バルデムは本命中の本命で、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの『ビューティフル(原題)』の中のバルデムの演技は文句のつけようがなく、審査員にベニチオ・デル・トロもいるし、イニャリトゥに賞を出すとしたら、バルデムの男優賞しかないと私は確信していた。予想外だったのはエリオ・ジェルマノの同時男優賞で、でも、よくよく考えたら、女優のジョヴァンナ・メッツォジョルノとトリノ映画博物館館長のアルベルト・バルベーラという二人のイタリア人がいるのだから、イタリアが何かの賞をとるのは当然だった。壇上に上がったバルデムは、まず英語でスピーチした後、“個人的なこと”と言って、スペイン語で婚約者のペネロペ・クルスに向かって感謝。ペネロペは感動して、ちょっと目をうるうるさせていて可愛かった。過去に男で苦労した彼女も、これできっと幸せになれるだろう。
 
 今年は、北野武の『アウトレイジ』がコンペティションにエントリーしたと聞いたときから、残酷な暴力描写がカンヌの観客に受け入れられるかどうか危惧していた。現地に入ると、プレス仲間に会うと必ず“タケシの映画はどうだ?”と聞かれるので、そのたびに“とってもとっても暴力的”と注意をうながしておいた。なので、上映が終わってから、“心構えが出来ていて、よかった”と感謝された。私はプレス用の上映で見たが、途中までは反応がとてもよく、何度も笑いが起きてホッとしたが、終わったときに拍手がまったくなく、異様な感じがした(あれだけ受けたら、拍手が出てもよさそうなものなのに、なぜ?)。翌日の正式上映では3分半のスタンディングがあったと聞いたので、会場にいた監督の面子が立ってよかったと思った。
 
 ところが、日本に報道が伝えられてから、友人から“映画が酷評されていると聞いたのに、スタンディングがあったって本当?”というメールが届いた。実は、正式上映では監督ら関係者が同席しているので、よほどのことがなければ、映画が終わったら観客は礼儀として拍手する。その映画を売ったり買ったりしてる人達もいるので、なおさらである。無冠だった『菊次郎の夏』のときは15分のスタンディングだったので、比較すれば、『アウトレイジ』の受け入れ度は4分の1だったことになる。
 
 けれども、注意しなければならないのは、上映後の拍手(スタンディング)というのは映画の評価とはまったく別物だということ。コンペティションではないが、『ソナチネ』が「ある視点」で上映されたときは、まだタケシ映画の洗礼を受けていない観客のほとんどが帰ってしまった。私の知っている例では、今年の審査員を務めたビクトル・エリセの『マルメロの陽光』が1992年に出品されたときも、会場にエリセや画家のアントニオ・ロペス=ガルシア夫妻がいるにもかかわらず、本当にほんの一握りの観客しか残らなかった。当時は今ほどドキュメンタリー風の作品に対する免疫がなかったから、面食らった観客が多かったろうし、当時の観客は、自分の理解を超える映画に手厳しかった。それに比べて、今の観客は許容度が増したし、ある意味、大人しくなったと思う。もちろん、『ソナチネ』も『メルメロの陽光』も、すばらしい傑作であることに変わりはない。
 
 今年、一番危惧された話題は、3月にイランで拘束されたジャファール・パナヒのことだった。18日の午後、『サーティファイド・コピー(原題)』の記者会見が開かれたときに、会見の前にアッバス・キアロスタミから、刑務所内でハンガーストライキに入ったパナヒを即刻解放するよう、イラン政府に求めるアピールがあった。映画祭は4月のラインナップ発表記者会見のときに、パナヒを審査員の一員とし、フランス政府を通じてパナヒを解放するようイラン政府に働きかけてきたのだが、結局成功しなかった。開会式のときに、審査員席にパナヒの席を設けたのは、そんな経緯からだった。授賞式のときにも、女優賞を受賞したジュリエット・ビノシュから再度アピールがあって、安否が気遣われていたが、映画祭終了後の25日に釈放のニュースが流れ、ホッとした。映画祭も現実の社会とは無縁ではいられないのだ。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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