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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『キングダム/見えざる敵』2010/03/19 UP 放送日時

21世紀の戦場は町中にある

 今から考えると、9.11同時多発テロは、21世紀の世界のたたずまいを根こそぎ変えてしまったように思われる。2003年3月19日に“テロとの戦い”を旗印にイラクに侵攻したアメリカは、同年5月1日、ブッシュ大統領により早々と戦闘終結宣言を出したにもかかわらず、その後の占領政策の失敗で、政権が変わった今にいたるまでイラク戦争の泥沼から抜け出せずにいる。もちろん、湾岸戦争、石油産油国の台頭、アラブ諸国に対する世界の外交政策の失敗など、それまでの歴史の流れにも細かなひび割れやきしみが散見してはいたものの、倒壊するニューヨークの高層ビルの映像ほど、歴史の転換をあからさまに映し出したものはなかった。
 
 映画の世界もまた、9.11以前と以後では、たたずまいがまったく変わってしまった。特に戦争映画である。それまで戦争映画といえば、軍隊と軍隊の戦いであって、敵と味方は、はっきり分かれていたが、テロとの戦いでは敵と一般人の区別がつけられず、したがって兵士は姿の見えない敵を相手に闘うことになる。今年のアカデミー賞で6部門を制した『ハート・ロッカー』もまさに“見えざる敵”と闘う、新しいタイプの戦争映画だし、マット・デイモン&ポール・グリーングラスの“ボーン”コンビ最新作『グリーン・ゾーン』もそうだ。
 
 ピーター・バーグの『キングダム/見えざる敵』もまた新しいタイプの戦争映画である。舞台は“キングダム”ことサウジアラビア王国。冒頭、サウジアラビア建国から現在に至る歴史が手短に紹介された後で、発端となる爆弾テロ事件が首都リヤドの外国人居住区で起こる。事件で親友を失ったFBI捜査官フルーリー(ジェイミー・フォックス)は、政府の反対を押し切り、裏から手を回してサウジアラビアから5日間だけ捜査の許可を得て、情報分析官レビット(ジェイソン・ベイトマン)、爆破物専門家サイクス(クリス・クーパー)、法医学調査官メイズ(ジェニファー・ガーナー)を連れて現地に乗り込む。サウジアラビア側は、警察隊のアル・ガージ大佐(アシュラフ・バルフム)とハイサム軍曹(アリ・スリマン)を担当に付け、行動を監視させようとする。国と国との対立や政治的思惑を乗り越え、捜査は少しずつ進展していき、ついに爆破物を突き止めることができるが、そこにはさらなる危険が待ち構えていた…。
 
 『ランダウン』の徹底してエンターテインメント性に的を絞った映画作りが好きだったので、ピーター・バーグには好印象を持っていたのだが、『キングダム/見えざる敵』は『ランダウン』とはまったく手触りの違う作品で、私にはバーグというよりプロデューサーを務めたマイケル・マン色が強いように思われる。主演がマン好みのジェイミー・フォックスということもあるが、後半、フルーリーらの車列が襲われ、真犯人を追って過激派の巣窟に乗り込んでいくあたりからクライマックスへのたたみかけるようなスピード感や、ロケット弾の飛び交う銃撃戦の迫力が、いかにもマン印なのである。そう思うと、『キングダム/見えざる敵』の銃撃戦が、建物内と屋外の差こそあれ、『ヒート』の市街戦に似ているような気がしてくる。銃の構え方、撃ち方、動き方のカッコよさは、まるっきりマイケル・マンだし、ジェニファー・ガーナーは、まるでヴァル・キルマーではないか。
 
 『キングダム/見えざる敵』だけでなく、『ハート・ロッカー』や『グリーン・ゾーン』といった新しいタイプの戦争映画を見ていると、軍隊と軍隊が戦場で死力を尽くして闘った戦争は20世紀で終わり、一般人に紛れたテロリストと戦う21世紀型の戦争は、限りなく市街戦に近くなるように思われる。とすれば、現代の戦争は、戦場でなく市街にあり、戦争映画は限りなくギャング映画に近くなるはずだ。それゆえ、マイケル・マンが『キングダム/見えざる敵』を『ヒート』のように作ったとしても、それは正しいことなのである。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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