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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『アンブレイカブル』2010/01/22 UP 放送日時

人間が自分の運命を知るとき

 最近ちょっとネタ切れ気味なのが残念だが、私は今でもM・ナイト・シャマランの映画が好きである。出世作『シックス・センス』の見事な落ちはもちろん、それ以上に、シャマランの映画には、何かをやってくれそうな期待がある。それは、『シックス・センス』以来、有名になった彼の驚くべき落ちへの期待、ではなくて、シャマランの映画には、彼以外の監督には思いもよらない、"常識の外にある世界"が描き込まれているように思えるからだ。
私はそこに、アメリカ育ちのインド人シャマランのアジア的な世界観が潜んでいるように思える。
 
 シャマラン作品で1本あげるとしたら、私は『アンブレイカブル』が好きだ。よく出来ているから、ではない。よく出来ているのなら、今もなお『シックス・センス』が一番だろう。『アンブレイカブル』は、必ずしも出来はよくない。どこか釈然としないうちに、ストーリーが唐突に終わってしまうし、未消化の部分も多い。けれども、あらがい難い運命に引きずりこまれていくブルース・ウィリスの恐怖や、映画にみなぎる緊張感とスリル、暗さに何ともいえない魅力を感じるのだ。
 
 『アンブレイカブル』は、平凡な競技場の警備員デヴィッド(ブルース・ウィリス)が列車事故に遭遇するところから始まる。多数の死者を出したその事故で、彼はたった一人の生存者となる。そんな彼に一人の男が接触してくる。コミック・ブックのコレクターで画廊の経営者イライジャ(サミュエル・L・ジャクソン)である。彼は先天性骨形成異常という遺伝性の病気で、生まれたときから、ありとあらゆる怪我を負って生きてきた。その間、病室で母親に与えられたコミック・ブックに耽溺するうちに、この世界に自分とは正反対の、どんなことをしても怪我一つ負わない、"アンブレイカブル"な男がいるはずだと信じるようになり、無傷で生還したデヴィッドこそ、その男かもしれないと、彼につきまとい始める。イライジャのいうように、デヴィッドは本当にアンブレイカブルなのか? イライジャの真意は?
 
 映画の構成は一種のスリラー仕立てである。最初に登場する恐怖の場面は、冒頭の列車事故である。アメフト選手をスカウトに行くスポーツ・エージェントの美女とブルース・ウィリスの会話をシート越しに撮った場面から、他の乗客は和やかに会話しているのに、ウィリスだけが列車の異常に気づいてしまう場面、どのカットもとても恐い。そして、今回見直してみて驚いたのは、私の記憶の中にあった"脱線事故の瞬間"がどこにもなかったことだ。それだけ、映像の喚起力が強かったということだろう。競技場で警備をしている場面もとても恐い。デヴィッドには、接触した人間の過去を瞬時に見通すことができる超能力があり、銃を隠し持った男がわかってしまう。その危険な男が一歩一歩迫って来る、その時間がとても恐い。
 
 しかし、最も恐いのはデヴィッドの家の場面だと思う。何でもない、平凡な日常生活や家族との会話の場面がなぜそんなに恐いのか。それは"音"がないからだと気がついた。今のハリウッド映画にはBGMかと思われるほど過剰に音楽が流れているのに、シャマランの映画にはそれがない。音楽がないと、音に敏感になる。俳優の声が直接耳に響いてくる。見えないものが発する音にどきりとする。映画音楽というサポートのない、音だけの世界の張り詰めた緊張感、それがたまらない。
 
 『アンブレイカブル』は、本来はもっと長編の作品として構想されていて、実際に映画化された部分は3分の1ほどという。イライジャ(=預言者エリア)が、"アンブレイカブル"なデヴィッド(=勇者ダビデ)を捜し出すまでで唐突に終わるのはそのためだ。残りの3分の2が善悪に別れたイライジャとデヴィッドの戦いになったとしても、二人の戦いがど派手に展開していくかといえば、それは疑問である。シャマランには、『バットマン』や『スパイダーマン』のように、特撮をふんだんに使ってスーパーヒーローの大活躍を描くという気はさらさらないだろうから。ハリウッドの基準で見れば、すっきりしないスーパーヒーロー物という"欠陥"を持つ『アンブレイカブル』だが、これだけたっぷりスリルを味わわせてもらえれば、スリラー映画の"傑作"と呼んでもいいのではないかと私は思っている。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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