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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『潜水服は蝶の夢を見る』2009/10/30 UP 放送日時

人が人を超えるとき

フランスのファッション誌ELLEの編集長ジャン=ドミニク・ボビーが脳梗塞の発作で倒れたのは、1995年12月8日、まだ彼が43歳のときだった。意識はあるのに体がまったく動かない、いわゆるロックト・イン・シンドローム(閉じ込め症候群)となった彼は、言語療法士の助けによって、唯一動く左目のまぶたを使って外の世界とコミュニケートする方法を知る。それは、使用頻度の高い順に並べ変えたアルファベットを読み上げてもらい、該当箇所でまぶたを閉じることで1字1字綴っていくという気の遠くなるような作業だった。こうして20万回にもおよぶまたたきで綴られた自伝が『潜水服は蝶の夢を見る』である。ボビーはこの本が出版されたわずか十日後の1997年3月9日、44歳でこの世を去る。
 
実は、ジュリアン・シュナーベルより前にジャン=ドミニク・ボビーに興味を持ち、映画に撮った人がいる。しかも、まだ生前の彼を。それがジャン=ジャック・ベネックスのドキュメンタリー『潜水服と蝶−20万回の瞬きで綴られた真実−』で、ボビーの死の翌年、フランス映画祭横浜で上映された。それを見ると、ボビー本人はいかにもジャーナリズムの第一線でバリバリ活躍してきたフランス人然とした、頭も切れるが押しも強い、精力的な男の風貌をしている。つまり、編集長時代の彼は、私にとっては、とても好きになれないタイプのフランス人である。脳梗塞で倒れなかったら、そのままそれなりに成功したジャーナリストで終わり、私達の興味を引くこともなかったろう。けれども、逆境が人を人を超えた存在にすることがあるのだ。
 
ジャン=ドミニク・ボビーで連想するのは、『スーパーマン』でスターになったクリストファー・リーヴである。奇しくもボビーと同じ1952年生まれで、ボビーが脳梗塞を起こしたのと同じ1995年にリーヴも落馬事故を起こして全身不随になった(リーヴの方がボビーより5カ月若く、7年長生きした)。二人とも、それまでの人生でも人並み以上の成功を手にしていたが、全身不随というハンディを与えられることによって、人間の根源にある強さ、すばらしさを発揮させて、人々の記憶に残る存在となった。
 
2007年のカンヌに、ジュリアン・シュナーベルがボビーの自伝を映画化した『潜水服は蝶の夢を見る』が出品されると聞いて、正直、すでにドキュメンタリーがあるのに、それ以上何を映画化するのだろうと疑問に思った。けれども、できあがった映画を見た途端に疑問は雲散霧消した。何よりも画家であるシュナーベルの感性が遺憾なく発揮されていて、『バスキア』や『夜になるまえに』よりもずっと豊かで面白い。主人公が動けない分、シュナーベルのイマジネーションがスクリーンの上で自由自在に羽ばたいていたからだ。
 
カンヌの記者会見で、びっくりするような事実を聞いた。なんと、企画段階では、ボビーを演じることになっていたのはジョニー・デップだったというのだ。プロデューサーがキャスリーン・ケネディなので、そもそもは英語をしゃべる普通のハリウッド映画として企画されたのだった。ところが、『パイレーツ・オブ・カリビアン』の大ヒットで続編が作られることになり、デップの体が空かないことがわかって、改めて企画が練り直された。そのときに登場してきたのがフランス人俳優マチュー・アマルリックだった。マチューは『潜水服は蝶の夢を見る』の前に、ケネディがプロデュースしたスピルバーグの『ミュンヘン』に出演し、ルイというフランス人役を演じているが、それは『潜水服は蝶の夢を見る』のカメラテストの意味があったという。
 
マチューが新たな主演候補となっても、英語で撮るという前提はある程度まで維持されたのではないかと思う。その証拠に、言語療法士を演じるマリー=ジョゼ・クローズはカナダ人だし、ボビーの父親役はスウェーデン人のマックス・フォン・シドウ、神父とルルドの土産物店主の2役を演じるジャン=ピエール・カッセル(ヴァンサン・カッセルの父)は英仏語を操る国際俳優である。
 
どんな国の話でも英語で撮ってしまうハリウッドの常識(最近のよい例が『スラムドッグ$ミリオネア』だろう)を捨てて、フランス語で撮るよう方向転換されて本当によかった。映画の中で何度も登場する、アルファベットを読む声がフランス語でなくて英語だったら、「E S A R I N T U…」が、舌の奥で柔らかく発音される“ウ・エス・ア・エル・イ・エヌ・テ・ユ”でなくて、隅々まで角張った“イー・エス・エー・アール・アイ・エヌ・ティー・ユー”だったら、画面から受ける印象はずいぶん違ってしまったことだろう。
 
言語療法士アンリエット(マリー=ジョゼ・クローズ)、理学療法士マリー(シュナーベルの妻でモデルのオラル・ロペス・ヘルメンディア)、編集者クロード(アンヌ・コンシニー)、元妻セリーヌ(エマニュエル・セニエ)ら、女達のふっくらした形のよい唇が、ボビーの前で“ウ・エス・ア・エル…”という形を紡ぎ出す、まるで愛の囁きのように。人と人とが心を通わせること、たとえアルファベットだけであっても、それが根源的な愛情表現の1つなのだということが、これほど豊かに示された映画は他にない。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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