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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『マジェスティック』2009/09/04 UP 放送日時

語り部としてのフランク・ダラボン

フランク・ダラボンは息の長い作家である。出世作の『ショーシャンクの空に』が2時間 23分、『グリーンマイル』3時間8分、『マジェスティック』2時間33分。最新作のホラー映画『ミスト』でさえ2時間5分。2時間を切る映画が1本もないことに驚く。なぜダラボンの映画は長いんだろう? それを考えているうちに、彼独特の語り口に秘密があるように思えてきた。
 
Darabontと書いてダラボンと読む。なぜTを読まないのかと思ったら、ダラボンはハンガリー動乱のときに祖国を逃れた両親の下、フランスの難民収容施設で生まれるという、数奇な運命を背負ったハンガリー系アメリカ人だった(ハンガリー動乱でアメリカに移住したといえば、名撮影監督のラズロ・コヴァックスが思い浮かぶ)。ダラボンは子供の頃に家族と共にアメリカに移住し、長じてスタッフとして映画界に入った。そしてB級ホラー映画などの現場で経験を積んだ後、83年にスティーヴン・キング原作の短編を集めたオムニバス『ナイトシフト・コレクション』で監督デビューした。この頃からすでにキングとつながりがあるのが面白い。その後、脚本家として活躍していたダラボンが、監督としても力量の持ち主であることを示したのが、キングの短編を映画化した『ショーシャンクの空に』だった。つづく『グリーンマイル』も、最新監督作の『ミスト』もキングの原作である。『ショーシャンクの空に』は、キング独特の物語の面白さに目が行って、ダラボンの演出自体にはそれほど注意を引かれなかったが、『グリーンマイル』、『マジェスティック』と見ていくうちに、ダラボン印とも言うべき彼のカラーが分かってきた。
 
ダラボンの作劇法は、その泰然自若とした揺るぎのなさにある、と私は思う。『マジェスティック』の始まりはこうだ。1951年のハリウッド。新進脚本家ピーター・アプルトン(ジム・キャリー)の人生はその日まで順風満帆だった。脚本家デビュー作のB級活劇映画『サハラの盗賊』を、主演女優で恋人のサンドラとグローマンズ・チャイニーズ・シアターに見に行く。スクリーンでは、悪名高いマッカーシー上院議員による赤狩りで、ハリウッドの映画監督や脚本家ら、いわゆる“ハリウッド・テン”が非米活動委員会で証言を拒否した結果、議会侮辱罪で投獄されることになったというニュースが流れている。信奉する思想もなく、政治とも活動とも無縁のピーターには他人事。興味は目の前の美しいサンドラとキスすることだけ。だが、翌日、その他人事が自分の身に降りかかってくる。撮影所に行ってみると、3週間後にクランクインを控えた新作『灰から灰へ』は製作中止。自分も大学時代に戦災地救済部という左翼系の集会に出席していたことが判明し、秋の公聴会で証言しなければならなくなる。いよいよA級映画の脚本家へ出世、という時に撮影所を追い出され、やけ酒を飲んだピーターは、酩酊したまま自動車を運転し、あやまって橋から転落。気がつけば記憶をなくし、見知らぬ町の砂浜に打ち上げられていた…。と、ここまでが映画『マジェスティック』の発端である。メインのストーリーはまだ始まってもいないのに、この発端だけでなんと18分も費やされているのだ! 気の早い映画のバイヤーなら席を立ってしまうところだ。
 
映画の技術は省略である、というくらいなのに、ダラボンは省略をせず、それどころか正反対にディテールにこだわる。特に細かく拾っていくのが演技のリアクションである。ピーターを迎える町の人々。まずはピーターを戦闘中行方不明になった自分の息子ルークだと信じ込む映画館マジェスティックの館主ハリー・トリンブル(マーティン・ランドー)、頭の傷を診察したスタントン医師(デヴィッド・オグデン・スタイアーズ)、ルークと恋仲だったスタントン医師の娘アデル(ローリー・ホールデン)、アニー・コール町長(ジェフリー・デマン)などなど。ピーターの表情だけでなく、彼を前にした町の人々のリアクションを、たっぷり時間をかけて描いていて、一人一人がルークとどんな関係を結んでいたかが、ありありと分かってくる。ここまで時間を贅沢に使う監督はなかなかいない。そして、その贅沢の恩恵を与えられるのは“人”だけではない。見方を変えれば、映画『マジェスティック』は、廃墟と化した映画館<マジェスティック>が、一人の男の登場をきっかけに生命を取り戻していく様に仮託して、第二次大戦で大勢の若者を失って以来、死んだようになっていた小さな町が生命を取り戻す様を描いた映画なのである。ダラボンは、ピーター/ルークを迎えた映画館=町が再生していく“リアクション”をも、人と同じくらい、じっくりと丁寧に描いてみせている。
 
春の風のように、おだやかに。少しもあわてず、悠々と。ダラボンのゆったりした語り口には、母親が枕元で子供に語って聞かせるお伽話のような、愛情に裏打ちされた信頼感があって、いつまでもいつまでも聞いていたくなる。
 

は本編時間

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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