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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『オールド・ボーイ』2009/05/15 UP 放送日時

『オールド・ボーイ』はなぜパルムドールを獲れなかったか。

『オールド・ボーイ』がカンヌ映画祭に出品されたのは5年前の2004年のことである。思い出してみよう。開幕前からウォン・カーウァイの『2046』が話題をさらい(今度こそウォンがパルムドールを獲るという評判だった)、日本からは是枝裕和の『誰も知らない』と押井守の『イノセンス』の2本がコンペに出品され、『2046』に出演したキムタクや、『シュレック2』で声優を務めた藤原紀香がレッドカーペットを歩き、最後に『誰も知らない』の柳楽優弥が男優賞を受賞して有終の美を飾り、日本的にも大いに盛り上がった年だった。審査員長はカンヌの申し子ともいうべきクエンティン・タランティーノである。
 
授賞式が近づいたある日、カタロニアの友人が突然「アツコ、今年のパルムドールは『オールド・ボーイ』だぞ」と言いだした。半信半疑で他の友人にあたってみると、ほとんどが『オールド・ボーイ』がパルムドール候補の最右翼だと言う。おかしいぞ。受賞結果は映画祭の最高機密であり、事務局は最大の神経を使って情報が洩れるのを防いでいるはずである。一昔前は審査員がうっかり軽はずみなことをしないように、授賞式直前まで審査員を船に乗せて陸に近寄らせなかったほどだ。なのに、こんなに大勢が知っているなんて。よくよく聞いてみると、『オールド・ボーイ』のパーティに現れたタランティーノが、監督のパク・チャヌクを前に、「お前の映画にパルムドールをやる」と公言した“事件”があったことがわかった。審査員長自ら…? 陽動作戦か何かだろうか?
 
『オールド・ボーイ』は『復讐者に憐みを』に続くパク・チャヌクによる復讐3部作の2作目で、何者かに誘拐され、15年間もビルの一室に監禁された中年男が、犯人を捜しあてて復讐しようとするが、そのときに15年の監禁に込められた犯人の恐ろしい恨みの原因がわかってくる、というストーリーである。日本の漫画を原作にした、ちょっとシュールですごく面白い映画だが、暴力描写だけでなく、復讐の方法やその原因自体もかなりグロテスクで、万人に受ける作品ではない。ただ、パク・チャヌクのクールでスタイリッシュな画作りと、残酷さと滑稽さが表裏一体となった演出が冴えていて、いかにもタランティーノ好みな映画になっている。しかし、パルムドールを獲るというのは本当なのだろうか。
 
映画祭で賞を獲ることは難しい。ましてや最高賞を獲るためには、作品が優れている以上に強運が必要である。それを痛感したのが1989年のカンヌだった。この年、下馬評で圧倒的な強さを誇っていたのは、ジュゼッペ・トルナトーレの『ニュー・シネマ・パラダイス』だった。けれどもパルムドールに輝いたのは、スティーヴン・ソダーバーグの長編デビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』だった。審査員長ヴィム・ヴェンダースの意向が強く反映された結果だと言われている。審査員長は強いのだ。まして、タランティーノのような強烈な個性が暴走したら、いったい誰が制止できるだろう?
 
思うに、タランティーノがパーティで不用意な発言をしてしまったことが、他の審査員の注意を喚起し、共闘を組んで対タランティーノ対策を練る余裕を与えてしまったのではないだろうか。そしてヴェンダースが、圧倒的な『ニュー・シネマ・パラダイス』支持派を抑えるためにソダーバーグという未知の若い才能を推したように、反タランティーノ共闘は、マイケル・ムーアの『華氏911』という極めて政治的な(かつ映画として異質な)作品を推すことによって、『オールド・ボーイ』を抑えたのではないかと私は推察する。11月に米大統領選挙を控えた年であったことも“共闘”に有利に作用しただろう。記者会見で審査員それぞれの感想を聞いているうちに、私はタランティーノの“やんちゃ”を制した“主犯”の顔を特定できたような気がした。それは常にクールで聡明な女優、ティルダ・スウィントンの静かな微笑であった(以上はすべて想像によるもので、事実とは限りません。以念)。
 
さて、今年の審査員長、スウィントンに勝るとも劣らずクールなイザベル・ユペールは、パク・チャヌクの『コウモリ』(原題)にどんな評価を与えるだろうか?

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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