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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『ディパーテッド』2009/05/01 UP 放送日時

ハリウッドはリメイクがお好き

19世紀の終わりに誕生した映画は、芸術一家の兄姉である文学や演劇を模倣しただけでなく、映画自身をも模倣しながら成長してきた。ヒットした作品は少し手を入れ、顔ぶれを変えて何度もリメイクしたし、優れたアイデアは何度も繰り返し再利用した。例えば、マーヴィン・ルロイ監督ヴィヴィアン・リー主演の『哀愁』(’40)はジェームズ・ホエールの『ウォタルウ橋』(’31)のリメイクだし、50年もの間、アカデミー賞最多受賞作の地位を保ち続けているウイリアム・ワイラーの『ベン・ハー』(’59)は、実は1907年、1925年に続く3度目のリメイク作品なのである。昔から映画王国ハリウッドにとって、アイデアの再利用=リメイクは恥ではなく、むしろ、いろんな手間が省けるエコ(ノミー)だったのである。
 
日本人で最もアイデアが再利用された監督は黒澤明だろう。『七人の侍』がジョン・スタージェスの『荒野の七人』となり、『用心棒』はセルジオ・レオーネの『荒野の用心棒』となり、『隠し砦の三悪人』はジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』にヒントを与えた。昔、リメイク(パクリとも言う)は仁義なき戦いだった(『荒野の七人』の場合、黒澤プロは長期間裁判で戦わねばならなかった)が、知的所有権が認知された今、仁義はほどほどに確立され(もちろん、いつの時代も掟破りはいるが)、今ではエコ好きなハリウッドさえ、優れた外国映画のリメイク権を買うことはそれほど珍しいことではなくなった(一説に、ライバル他社に手を出されるのを阻止するために、とりあえず買っておくのだともいう)。最近では、日本映画からは周防正行の『Shall we ダンス?』や中田秀夫の『仄暗い水の底から』などがハリウッドでリメイクされているし、この傾向は今後も続いていくだろう。
 
アンドリュー・ラウ&アラン・マックの『インファナル・アフェア』は、ハリウッド史上最高額でリメイク権が落札されたといわれる香港ノワールの傑作である。アンディ・ラウとトニー・レオンとのダブル主演で、警察に潜入したやくざ(ラウ)と、やくざに潜入した警官(レオン)をシンメトリックに描いていく。いかにもベビー・フェイスなレオンをやくざに、ヒールが似合うラウを警官に化けさせたところが面白いし、正義と悪の立場を逆転させ、信頼と裏切りのテーマを描くというアイデアが秀逸である。特に、それぞれの正体を知る、やくざの親分(エリック・ツァン)と組織犯罪を取り締まる警部(アンソニー・ウォン)との間に疑似親子ともいうべき関係を設定したうえ、ラウには恋人(サミー・チェン)、レオンには精神分析医(ケリー・チャン)という女性を配して、人間関係でもシンメトリーになるように配慮し、背景としての大都会・香港も含めて、どこまでもスタイリッシュに決めている。
 
一方、マーティン・スコセッシがリメイクした『ディパーテッド』は、オリジナルを忠実に再現し、警察に潜入したやくざ(マット・デイモン)とやくざに潜入した警官(レオナルド・ディカプリオ)の二重の信頼と裏切りをテーマに描いているとはいえ、『インファナル・アフェア』のあの見事なシンメトリーはところどころで破綻している。やくざの親分(ジャック・ニコルソン)と警部(マーティン・シーン)と主人公二人との関係は、オリジナルの疑似親子関係ほど緊密ではないし、女性関係も“1本化”されてしまっている。舞台に設定したボストン南部は香港ほどモダンではなく、香港マフィアとアイルランド系マフィアの匂いも違う。しかし、もっと重要な変更は、主人公の交代である。
 
『インファナル・アフェア』の真の主人公は、実はアンディ・ラウである。前半はまるでトニー・レオンが物語の中心であるかのように描かれていくが、ラストで、すべてはラウが“無間地獄”(無間道)に至るためにあったことがわかる。ところが、リメイクでは明らかにレオナルド・ディカプリを主人公として描いている。なぜだろう?
 
私はリメイクに加えられたすべての改編と同様、スコセッシがオリジナルの堅牢なシンメトリー構造を何とか崩そうとした痕であるように思う。もともとスコセッシはスタリッシュとは無縁の人で、むしろ、スタイルと対極のところで人間を描こうとあがいてきた映画作家である。たしかに『ディパーテッド』はリメイクではあるけれど、見事にスタイルが決まった『インファナル・アフェア』を、スコセッシが何とか自分の方へ引き寄せようとして、“あちこちにパンチを喰らわせて風穴を開けた”、そんな努力の成果であるように私は思う。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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