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映画の処方箋

何気なく観ていたアノ映画も、知れば「なるほど!」映画評論家 斎藤敦子が
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『キャプテン・フィリップス』2017/01/13 UP 放送日時

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ソマリア海賊を撃退した船長の実話をスリルたっぷりに描く

 2009年3月、リチャード・フィリップス(トム・ハンクス)は妻アンドレア(キャサリン・キーナー)の見送りを受けて、いつものように自宅を出て仕事先に向かった。フィリップスはデンマークを本拠にする世界一の海運企業マースク海運が所有する米国船籍のコンテナ船マースク・アラバマ号の船長で、オマーンのサラーラ港からケニアのモンバサ港まで航海することになっていた。一方、ソマリアの海辺にあるエイル村に住む漁師のムセ(バーカッド・アブディ)は、将軍配下の男たちから強要され、海賊のリーダーとして3人の部下を選び沖に向かう。ソマリア沖を航行するアラバマ号は、単独で航海する船を探していた海賊に目をつけられ、追尾されるが、フィリップスの采配でからくも逃げ切ることが出来た。しかし、その翌日、再び現れた海賊に銃撃を受けたフィリップスは、乗組員を機関室にかくまうと、海賊相手に船と乗組員を守るための戦いを開始する。

 『キャプテン・フィリップス』は、実際に海賊と戦い、最後は米国海軍特殊部隊(SEALS)に救出されたリチャード・フィリップスの手記<キャプテンの責務>を映画化したもの。監督はドキュメンタリー出身で、「ジェイソン・ボーン」シリーズで名高いポール・グリーングラスで、撮影はグリーングラス作品を始め、名匠ケン・ローチの諸作品で知られるバリー・アクロイドである。

 さすが『ユナイテッド93』を撮ったグリーングラスらしく、映画はドキュメンタリー・タッチを基本とし、マースク海運の本物のコンテナ船や本物の駆逐艦を撮影に使ったり、実物の救命艇を本物そっくりに再現したり、スナイパー役には元SEAL隊員を起用したりと、限りなく本物に近い現場を作って撮影、普通のフィクション映画にはない、リアルな手応えを生み出している。

 キャストは、フィリップス船長に『ハドソン川の奇跡』でも乗客を救うキャプテンを演じているトム・ハンクス。“アメリカの良心”的な役割を演じさせたら、今のハリウッドで、この人の右に出るスターはいないだろう。

 だが、何と言ってもこの映画の成功の鍵を握ったのはムセ役のキャスティングで、骸骨のように痩せ、目をギョロつかせたバーカッド・アブディの地とも演技ともつかない存在感が、映画にスリリングな緊張感を与えている。アブディは1985年ソマリアの首都モガディシュ生まれで、7歳のときに内戦を逃れて家族と共に国外に逃れ、イエメンを経て、14歳のときにミネソタ州に移住した。ミネアポリスでオーディションを受けたときはリムジンの運転手をしていたという彼だが、この役でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされるという快挙を成し遂げ、今では貴重なアフリカ人俳優として、アラン・リックマンの遺作となった『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』や、ドゥニ・ヴィルヌーヴが監督する『ブレード・ランナー2049』などで活躍中である。

 映画の背景となるソマリアをもっと知るために私がお薦めしたい本が、高野秀行の<謎の独立国家ソマリランド>である。高野は紛争中のソマリアを3つに分け、北部ソマリランドをハイパー民主主義国家、東部プントランドを海賊国家、南部ソマリアをリアル北斗の拳と名付けている。高野が訪れた2009年は、まさにアラバマ号が海賊に襲われた年であり、海賊が若者に人気の職業になったプントランドのルポには驚くばかりだ。

 最後に、その後のソマリア海賊について一言。実はアラバマ号は同じ2009年にもう1度海賊の被害に遭っていて、このときはマースク海運の雇った民間警備会社によって撃退された。また、ソマリア沖の海賊行為発生件数は2011年を境に減少を続け、2016年はわずか1件にとどまっている。マースク海運のように武装する船舶が増えたことや、各国海軍の警備が強化されたことなどが理由のようだが、ソマリアの海が少しでも平和になったのなら、それは映画以上に素晴らしいハッピーエンドではないだろうか。

斎藤敦子

ライター 斎藤敦子

映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部勤務を経てフリー。「サウルの息子」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの字幕翻訳、「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。

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